40万打部屋 | ナノ

淑女とは。

普段着ることのないような綺麗なパーティドレスに身を包み、髪の毛もいつも以上に気合いをいれる。
今日はオヤジさんが主催する会社のパーティに、マルコさんの「妻」としてよばれた。
オヤジさんが主催するパーティなんだから、迷惑をかけないようにしないと…。
マルコさんの妻として夫に恥をかかせないよう気をつけないと…!
最初は緊張していたけど、


「なかなか似合ってるじゃねェかよい」


マルコさんのその言葉に緊張がどこかへ飛んでいってしまった。


「ま、マルコさんこそ格好いいです。似合ってます!」


ちょっと高そうな生地を使った黒いスーツに身を包むマルコさんはいつも以上にキラキラ光っていた。
このスーツはわざわざ今日の為に買ったって言ってたっけ。
そうだよね。マルコさんもオヤジさんの顔に泥を塗りたくないもんね!
よし、今日は…今日だけは淑女らしくいよう!


「大声を出さない、無闇に抱きつかない、はしゃがない…」
「何言ってんだい?」
「妻らしく頑張ろうと気合いをいれてました」
「ふーん…。あんま無茶すんじゃねェよい」
「っ…!…はい」


優しい笑みを浮かべるマルコさんに、思わず抱きつこうとした。が、なんとか耐える…。淑女はこんな場所でそんなことしない…!


「いつまでもつか楽しみだよい」
「頑張るもん…」


ハハッ!と笑って、オヤジさんの元に向かう。
オヤジさんは白いスーツを着て、壇上に置いてあるオヤジさん専用の大きなイスに座っていた。
オヤジさんが主催したからなのか、それとも面倒くさいのかイスから動こうとしない。
話があるならテメェらからこい。という態度だ。さ、さすがオヤジさんだ…!


「オヤジ」
「おお、マルコと名前じゃねェか」
「えっと、このたびはお招き頂き、ありがとうございます」
「グララララ!どうした名前。らしくねェぞ」
「今晩ぐらいは頑張ろうかと思って…」
「そうか、頑張れよ。だが無理はすんな」
「はいっ」


頭を撫でてもらって、少し自信が湧いてきた。
オヤジさんに挨拶をしたあと、マルコさんと一緒に会場内を回る。
オヤジさんの右腕を務めるマルコさんはとにかく色んな人に声をかけ、そして声をかけられていた。
そのたびに紹介される。


「妻の名前です」
「こんばんは」
「ほー…こりゃあ随分と若い嫁さんだな」
「自分には勿体ない妻です」


そう謙虚に言うマルコさんに私は少しだけ泣きそうになってしまった。
何だろう。嬉しい以上の感情が湧いてくる。
マルコさんと出会ってよかった。マルコさんと恋人になれてよかった。マルコさんと結婚してよかった。
心の底から本当にそう思える。


「年の離れた旦那を持つと大変だろう?」
「とんでもないです。夫として、社会の先輩として尊敬しております。そんなまだ未熟な私ですが、これからも私にできることで夫を支えていくつもりです」
「はっは!こりゃあ確かにマルコには勿体ない嫁さんだな!」
「恐れ入ります」
「じゃあ失礼するよ」


グラス片手に上機嫌に背中を向けた男性に、マルコさんと揃って頭を下げる。
どういった人かは解らないけど、マルコさんが敬語で話すんだから、とても偉い人なんだろう…。
……ちゃんと言えたよね…。失礼なこと言ってないよね…。


「驚いたよい」
「え?」
「よくあんなこと言えたな」
「ああ、普段思ってることを丁寧な言葉にしただけです」
「ハハッ、そうかい。そりゃあありがとうよい」


嬉しそうに笑うマルコさんを見て、ホッと息をつく。
この調子で頑張ろう!
再度気合いをいれ、このあともマルコさんの知り合いや、オヤジさんの知り合いに挨拶をした。
そのあとは大体黙ってマルコさんの横にいるだけ。
下っ端の人間には関係のない難しい話で、私が口を挟むことではない。
ちょっと寂しいけど、ワガママは言わない。大人しく隣に立っている。
すると、マルコさんと話している男性の隣に立っていた女性が私に近づいてきた。
口に含んでいた飲み物がゴクリと音を立てて喉を通り過ぎる。


「こんばんは」
「こ、こんばんは」


姿も綺麗だったけど、声も綺麗だった。
思わず惚(ほう)けていると、女性は口元で笑って私にさらに近づく。


「随分若いのね。何歳?」
「あ、えっと…」


自分の年齢を言うと、女性はやっぱり口元で笑って「そう」とだけ答える。
な、何だろう…。そんなこと知ってどうするつもりだったんだろうか…。
不思議に思いながら持っていたグラスをテーブルに置いて、マルコさんの後ろに隠れようとしたけど、「ねえ」と話しかけられた。


「な、何でしょうか…」
「喉乾いたわ」
「え?」
「飲み物、取ってきてくれる?」
「あ、はい。何がいいですか?」
「シャンパン」
「解りました」


空のグラスを私に無理やり渡し、ニッコリと笑って髪をかきあげる。
おお、今の仕草色っぽい。
その仕草にドキドキしながら会場を回っているウェイターさんを探す。
走ると誰かにぶつかってしまうから、早歩きで会場内を探す。


「すみません、遅くなりました!」


ウェイターさんをすぐに見つけることができず、シャンパンを貰うのにも時間がかかってしまった。
シャンパンをこぼさないようマルコさん達の元に戻ると、マルコさんと男性はおらず、使いを頼んだ女性と知らない女性が数名いた。


「遅かったわね」
「あ…、あの…」
「ああ、この人達私の友達なの。ついでにこの人達の分までお願いね?」


シャンパンを受け取り、またニッコリと頼みごとをしてくる女性に、少し違和感を覚える。
後ろにいる女性も……何だかいい気がしない…。
でも…。ここで断ったらマルコさんに迷惑、かけるよね?これぐらい気にするようなことじゃない。たかがお願いじゃない。


「解りました」


またウェイターさんを探す。
今度はすぐに見つけることができて、人数分のシャンパンを頼んだ。
持って行きましょうか?と頼まれたけど、私はそれを断った。私が頼まれたんだ。
銀細工でできたトレイにシャンパンを乗せ、急いで戻る。


「持ってきました」
「ありがとう」


全員に渡すと、一人一人がお礼を言って受け取ってくれた。
…なんだ、思い違いか。心狭いなァ、自分…。


「とこでそのドレス、どこのブランド?」


一人の女性が私が着ているドレスをまじまじと見ながら聞いてきた。
自分が着て変じゃなかったドレスを選んだから、ブランドなんて…。
そう言葉を濁して答えると、クスクスと笑われた。
同じように値段を聞かれたので、素直に答えると、やっぱり笑われる。
それなりに値段が高く、自分にはこれが精一杯だった。それなのに彼女達にとっては「安物」らしい。


「アハハ、すみません…。節約中なんです」
「節約?なにそれ。そんなの貧乏人がするものよ?」
「あ、もしかしてお金ないの?」
「旦那様は稼いでるのに、その嫁はダメだなんて…。旦那様可哀想に」
「今日だって連れて来るの渋ったんじゃない?だって、私だったらこんな子連れてこないわよ。子供だし、化粧も下手だし、ドレスも安物だし」
「頑張って背伸びしたって、子供は子供よねェ。私達みたいに根本から綺麗でいないと一生大人にはなれないわよ、お嬢ちゃん」


凄くその場から立ち去りたかった。
立ち去って、泣いて、文句を言ってやりたい。
だけどしない。涙だって堪えてみせる。私はそんな柔じゃない…!
全ての感情を呑みこみ、「皆さんはお綺麗ですから羨ましいです」と答えた。
すると彼女達は次々に服や身につけてる物の自慢を始め、私はただ笑ってそれを褒めていた。
最初はムカついてたのに、自慢話を聞いてるうちに何だか「そうでなければいけない」感覚に陥っていく。
今日、自分はなんて惨めな恰好をしているんだろうか。
マルコさんやオヤジさんに褒められ、調子に乗っていた…。
自分が惨めだ。惨めすぎて今すぐこの服を脱ぎたい。
愛想笑いすらもできなくなり、とうとう俯いてしまった。
彼女達は気づいていない。だけど、…もう、やだ…。


「胸を張れ、俺の嫁だろい」
「ッ!?まっ、マルコさん…!?」


肩に手を添え、後ろから耳元で囁く低い声に、持っていたグラスを落としそうになった。
私の声にマルコさんの存在に気付いた彼女は笑顔を浮かべて頭を下げる。
マルコさんも軽く頭を下げるが、目は鋭く彼女達を睨みつけていた。
肩に添えてあった手で引き寄せられ、マルコさんに抱きつく。離れようと思ったけど、そうはさせてくれない。


「俺の女に文句あるかい?」
「文句?ありませんよ、そんなこと」
「それにしては随分可愛がってくれたじゃねェか」
「ええ、とても可愛いかったですよ。子供みたいで」
「お前に持ってねェもんばかりで魅力的だい」
「そうですね、私には到底無理ですわ」


マルコさんの言葉に怯むことなく余裕の笑みを浮かべる女性。


「マルコさん…。もういいから…」
「何で言い返さねェんだよい」
「だって事実ですもの。ねえ?」


その言葉にどう反論すればいいのか解らず、誤魔化すように笑うと「名前」と怒りのこもった声で名前を呼ばれた。
マルコさんのその優しさは凄く嬉しい。だけど、もう止めてほしい。私なんかのために恥をかかないでほしい。


「お前をバカにされて笑ってろって言うほうが恥ずかしいよい」
「マルコさん…」


いつの間にか浮かんでいた涙で視界が揺らいでいたけど、怒ってるマルコさんが見えた。
そこに一つの大きな影ができた。


「……オヤジさん?」
「オヤジ」
「マルコ…、俺の娘をバカにしたのはどいつだ」


マルコさんに聞きながらも、犯人は解っているようで、彼女達を睨みつけていた。
マルコさん以上に大きく、そして覇気も凄いオヤジさんに、さすがの彼女達も怯えていた。というか泣いてる。
オヤジさんが出てきて、さすがに大きな騒ぎになってしまい彼女達の上司がやって来て、ペコペコとオヤジさんに頭を下げている。


「スッキリはしねェが、もう顔を見ることはねェよい」
「……消えちゃいますか?」
「どうだろうな。俺としては消えてもらいたいよい」
「…。あの、ありがとうございます」
「お前はもっと自分に自信持てよい」
「はい…」
「お前は誰の嫁だい?」
「…マルコさんです」
「それだけで十分胸張れるよい」
「…上から目線ですね」
「おう。さ、オヤジにもお礼言っとけよい」
「はい!」


怒ってるオヤジさんに近づき、「ありがとうございます」と頭を下げる。
上司の方が私に謝ってきたけど、この人に何かされたわけじゃないので「気にしないで下さい」と言うと、ようやくオヤジさんの説教から解放された。


「名前、だから言っただろう。無理するなって」
「あ…」
「お前はいつも通りがいいんだ。解るか?」
「でもいつも通りだとオヤジさんの顔に泥塗っちゃいます…」
「ガキの尻を拭うのが親の責任だ」
「オヤジさんっ…!」
「グララララ!解ったら飯食ってこい。食って忘れろ」
「はいっ!」
「マルコ。お前はもう少し落ちつけ」
「…すまねェな、オヤジ」
「なァに、気にすんな。お前も俺の大事な息子だからな」
「オヤジっ…!」
「夫婦揃って同じ反応すんじゃねェよ」


何度も頭を下げて、オヤジさんは壇上へと戻って行った。
マルコさんは挨拶回りが終わったらしく、そのあとは一緒にご飯を食べた。
まだ淑女への道は遠いけど、無理をするなとは言われたけど、マルコさんとオヤジさんの為にこれからも自分を磨いていこう!
そう決意した。





しーさんへ。



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