40万打部屋 | ナノ

春、到来。

「こんなおっさんのどこがいいんだよい」


今日も学校が終わってからマルコさんが務める会社に走って向かった。
いつもこんなことをしているおかげで、マルコさんも私が来るのを待ってくれるようになり、今日は珍しくマルコさんが私を待っていた。
たくさんの人が行き交っているのに、マルコさんを容易に見つけることができる。だってマルコさんは誰よりもキラキラ光ってるからね!
鞄を背負い直してマルコさんの元へと走り出す。
私を待っていた。たったそれだけのことなのに、胸が高鳴って、今すぐにでもマルコさんに抱きつきたい!
「マルコさん!」と声をあげると、携帯画面から私のほうに視線を向ける。
ああ、今日はメガネもかけてるんですね!なんて格好いいのかしら!なんであんなにも素敵なのかしら!
ニヤニヤしてしまう口元を抑えつつ、走った勢いのままマルコさんに抱きつくと、ちゃんとしっかり受け止めてくれる。
このあと、「いい加減にその癖止めろい」って怒られるんだけど、今日だけは何も言わず、そのまま引き離された。
不思議に思って名前を呼んでマルコさんの顔を見ると、真面目な顔でそんなことを言ってきた。


「え?な、何が?」


携帯を胸ポケットに収め、手を腰にあて、溜息をはく。
何だろう。まだ付き合ってもないってのに、「別れ話」をされるみたいでドキドキしてしまう…。
息が整ったころに、マルコさんは先ほどと変わらない表情で口を開く。


「何で俺なんだい?」
「何でって…。マルコさんに一目ぼれしたから…」


言葉通り。本当にマルコさんに一目ぼれしたのだ。
言葉で表すことなんてできない。寝ても覚めてもマルコさんのばかり考え、勉強も手につかないほどマルコさんのことを想っている。
そう伝えても、マルコさんは表情を変えることなく私をジッと見る。


「ま、マルコさん…」
「憧れが恋だと勘違いしてないかい?」


その言葉が胸に深く突き刺さった。
言葉を失い、頭の中も真っ白。
そんなことない!と言いたくても、悲しくて言葉がうまく出てこなかった。
それを「肯定」と取ってしまったマルコさんは「やっぱり」と顔を反らす。


「ち、違うっ…!」


ようやく出た言葉とともに、マルコさん近づく。
なんて言ったらいいか解らない。どうすればマルコさんに私の気持ちが伝わるのか解らない。
それだけじゃなく、私みたいな子供がマルコさんを好きになったらいけないのか。とさえ思ってしまう。
そうだ。マルコさんは立派な大人で、私みたいな子供と遊んでる場合じゃない立場の人だ。
「遊んでる」…。自分で言っておきながら、その言葉にまた傷つく。
マルコさんにとって私はたたの戯れだったのだろう。
最初に比べ、どんどん優しくなってるマルコさんを見て、勘違いしていた。思いあがっていた。


「やだ…!やだやだ!」


スーツを掴み、身長の高いマルコさんのお腹に抱きついて何度も首を振った。


「私マルコさんのこと好きですっ…!勘違いしてない!…っうう、だから…。ひっく、もっと頑張るから…!嫌われてもいい、興味なくてもいい…。それでも一緒にいたいです!マルコさんから離れるほうが悲しいもんッ…!」


喋るたびに感情が溢れ、言葉がうまく喋れない。
声をあげながら泣き、マルコさんのシャツを私の涙で汚してしまった。
ああ、こんな子供みたいなことをするから、マルコさんは私に呆れてしまうんだろうな。


「名前」
「マルコさん…?」


肩に手を添え、少し自分から引き離す。
鼻をすすりながらマルコさんを見上げると、困ったような顔で私を見ていた。
だけど、……何だか嬉しそう?


「俺とお前が何歳離れてるか解ってんのかい?」
「……うん」
「お前の周りにはいい男がたくさんいるだろうが」
「いない!」
「…これから出会うことだって「その前にマルコさんに出会った!」


ギュッとスーツを握りしめ、涙声で言い返す。
マルコさんは運命の人なんだ。これからどんなに格好いい人が現れようが、それがマルコさんじゃなければ意味がない!


「……ハァ…。何も俺みたいなおっさんじゃなくとも…」


片方の手で私の頭を撫で、もう片方の手で自分の頭をかくマルコさん。
私の頭を撫でる大きな手。とても大きくて、とても温かい。子供扱いされてもいいから、この手を離してほしくないと思った。


「俺は仕事が忙しい」
「え?」
「メールも電話も面倒くせェからしたくねェ」
「あ、はい」
「最近の若いもんについていけねェ」
「はぁ…」
「それでもいいなら俺の女になるかい?」
「……へ?」
「鈍い奴だよい」


手を頭から頬に移動させ、もう片方も頬に手を添える。
腰を屈め、私がその行動に理解しないうちに唇に軽いキスをし、すぐに離れた。


「まあすぐに飽きるんだろうよい」
「………マママママルコさんっ…!?」
「今日はまだ仕事が残ってるから一緒にいれねェよい」
「そ、そうじゃなくっ!あの、」


少し時間を置いて、キスをされたことが理解できた。そして恋人になれたことも。
心拍数があがり、それと同じように顔が徐々に赤くなっていった。唇も顔も熱いッ!
でもそれ以上に、


「ここ、会社の前ですよォ…!」
「…あ」


横目で周囲を見ると、同じく顔を赤く染めた社員の人やニヤニヤと笑っている人達が私達に注目していた。
恥ずかしくてまたマルコさんに抱きつき、顔を隠す。
嬉しいけど恥ずかしい。恥ずかしいけど嬉しい!


「ま、マルコお前…!」
「げッ!」
「とうとう女子高生に手ェ出しちまったのか…!」


タイミング悪く、マルコさんを探しに来たサッチさんが驚愕の表情で私達を見ていた。
マルコさんが慌てて私を引き離し、何か言っていたけど、そのたびにサッチさんがニヤニヤと顔を緩める。


「大ニュースだ!オヤジにも知らせてやろーっと!」
「待てサッチ!誤解だよい!」
「ご、誤解って何ですか!?嘘なんですか!?」
「ちっ、違う…!」
「やっぱ女子高生に手ェ出したんじゃねェか!ロリコンに走っちまったのかー!面白いことになってきたぜ!」
「サッチイイイイイ!」


名前、高校二年生の春。
一年間の片思いがようやく実りました!





あやさんへ。



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