40万打部屋 | ナノ

目に見えない嫉妬

名前は学校が終わると同時に、マルコが務める会社へとやって来た。
定時あがりの社員が名前を見るなり、「ああ、通い妻の名前か」と温かい眼差しを向ける。
マルコと付き合うことになった高校二年生の名前は、まだかまだかと会社の外でマルコを待ち続ける。
見知った人もでき、時々喋りながら待っていると、今日は珍しく早く帰宅するマルコが出てきた。
すぐに駆け寄って抱きつこうとしたが、マルコは簡単に避ける。


「ひ、酷いですマルコさんっ…。恋人の愛情表現をスルーするなんて!」
「TPOをわきまえろい」
「むー…!」


子供のように拗ねる名前だったが、いつまでもこんなことをしている場合じゃなかったのを思い出し、鞄からあるものを取りだした。


「はいマルコさん、あげる!」
「………」
「眉間にしわを寄せたマルコさんも素敵ッ!」


鞄から取り出したのは二枚のチケット。
手作り感満載で、女の子が描いたであろう可愛いキャラクターと、「文化祭入場チケット」と大きく描かれていた。


「ああ、文化祭があるって言ってたな」
「遊びに来て下さい!学校でデートしましょう!」
「断る」
「何でー!?だって休みだって言ったじゃないですかっ」
「何が楽しくてせっかくの休日に人混みに揉まれなきゃあいけねェんだよい」
「……マルコさんっておじさん…」
「何だって?」
「キャアア!痛い痛い!」


こめかみを掴むマルコに、名前は涙目で抵抗をする。
いつものパターンだとこのままグリグリ攻撃をされるのだが、今日はすぐに離してくれた。
そう、マルコはすっかり忘れていた。ここが会社の玄関であるということを。
気づいたときには遅く、受付嬢から見知った後輩まで、マルコと名前を笑いながら見ていた。
「やっちまった…」と後悔するも遅い。
名前を連れて車に逃げようとしたのだが、


「よォ、名前ちゃん」
「あ、サッチさん。こんにちはー!」


面倒くさい同期に捕まってしまったのだった。


「今日もマルコとデートか?」
「そうなんですぅ!羨ましいですか?」
「俺としちゃあマルコのほうが羨ましいけどな」
「えー、マルコさんはあげませんからねー。マルコさんは私の恋人なんですから!」
「ダメだこの子。聞いちゃいねェ」


マルコの腕に抱きつき、幸せそうな表情で猫のようにゴロゴロ甘える。
マルコは少し恥ずかしくなって名前を引き離そうとしたが、思った以上に強い力で抱きついているため離すことができない。
本気を出せば離すことはできるが、それをしないあたり満更でもない。
それを解ってか、サッチは二人を見て笑い、名前が持っていたチケットに気づいた。


「お、これ文化祭のチケットじゃねェか。マルコ、行くのか?」
「行かねェ「校内デートするんです!」おい名前!」
「二枚もあるし俺も行っていいか?」
「構いませんよ。マルコさん一人だと恥ずかしがると思って二枚持ってきたんです」
「偉いじゃねェか。さすがマルコの嫁!」
「やだー!嫁だなんて気が早いですよォ!でもあと一年すれば……」
「テメェら勝手に話を進めんじゃねェよい」


マルコは抵抗したが、お願いします!と甘える声を出す名前と、うるさいサッチに、結局今度の休日にある文化祭へと行くことになったのだった。





「おー!どこ見ても女子高生ばっか!テンションあがってくるな!」
「帰りてェよい…」


テンションの差が激しい二人は校門の前にいた。
校外も校内もたくさんの人で賑わっており、遠くからはギターなどの音楽も聞こえてくる。
年に一度のお祭りなので、生徒達も熱の入れようが違った。


「で、名前ちゃんどこにいんだ?」
「ああ、さっきメールがきてたな…」


人混みを避けながら、名前の指示通り校舎に入り、階段をのぼる。
すれ違うときにマルコやサッチを見てくる生徒が数名いた。
サッチは不思議に思っていたが、マルコは少しだけ嫌な予感がしていた。
言われた階につき、名前のクラスを探し出す。


「……あそこだな」
「カフェっぽいな」


名前のクラスは定番のカフェ屋さん。
教室の飾りはもちろん、看板や制服まで凝っており、ちゃんとしたカフェが学校にできていた。
そのクオリティのおかげが、それなりに繁盛しているようだった。
男子生徒は白いシャツにソムリエエプロン。女子生徒はゴシック調の可愛いエプロンドレス。
どちらも黒と白のシンプルな制服だが、清潔感があって好印象。


「うおおおお!マジ女の子最高!マルコ、お前どれがいい?!」
「自重しろよい」


興奮するサッチの額を叩いて、教室を覗く。
すぐに接客をしている名前が目に入り、少しの間ジッと見つめていた。


「…」
「名前ちゃん似合うな」
「……うるせェよい」
「何だよマルコ。照れてんのか?このムッツリスケベが!」
「…」
「ちょ、無言で首締めようとすんな!」
「あ、マルコさんだ!マルコさん来た!」


ニヤニヤ笑うサッチを半分冗談半分本気で殺してやろうと首に力を入れたが、名前の声を聞いて反射的に離してしまった。
その瞬間を狙ってサッチは名前の後ろに逃げ隠れた。


「いらっしゃいませサッチさん」
「名前ちゃん!あいつと別れたほうがいいぞ!」
「嫌ですよ!失礼なこと言わないで下さい!ていうか私服のマルコさん超格好いい!抱きついていいですか!?」
「早く案内しろよい」


抱きつこうとする名前の頭を掴んで、近づけさせないようにするマルコに、名前は口を尖らせた。
渋々といった感じで二人を一番奥の席へと案内し、メニュー表を二人の前に置く。


「結構種類あるんだなー。ビールはねェの?」
「ありませんよ。おススメはコーヒーです。友達にコーヒー好きな子がいて、結構本格派なんですよ」
「じゃあそれでいいわ。タダ?」
「サッチさんはぼったくります」
「最近の名前ちゃんひでェ!」
「マルコさんには私なんてどうですか?」
「俺もコーヒーでいいよい。ブラックな」
「冷たいマルコさんも好きッ!ちょっと待って下さいね!」


メニュー表を持って頭を下げ、振り返る。
その瞬間ヒラリとスカートが揺れたが、見えることはなかった。
それをちゃんと見ていたダメ大人二人。


「おしかったなー…」
「ロリコン」
「名前ちゃんと付き合ってるお前に言われたくねェよ!つかお前今の見てたのか!このムッツリが!」
「名前は俺の女だからないいんだよい」
「普段冷たいくせにこういうときはオープンかよ!名前ちゃんの前で言ってやれよ、喜ぶぜ?」
「調子に乗るから無理」
「名前ちゃんかわいそー…」


サッチの会話を適当に聞き流しながら、名前を探すマルコ。
メイド姿は可愛いが、他の女子生徒に比べて少し短くないだろうか。
少し動きにくそうだが、いつか転ぶんじゃないだろうか。
にしてもやけに男の客が多くないか?
店内を回っているのも男子生徒か名前ぐらいなもので、今さっきまでいた他のメイド達はどうした?名前に仕事を押し付けてるのか?


「マルコさん、目がどんどん鋭くなってます」
「どいつから順に殺そうかと」
「お前はスナイパーか!ガキ相手に心狭ェな!」


他のお客にニコニコする名前も、その名前にヘラヘラする客もイライラする。


「お待たせしましたー。はいどうぞ、サッチさん」
「おー、ありがと名前ちゃん」
「マルコさんにはこれ!コーヒーも私が淹れたから愛情たっぷりですよ!」
「変なもの淹れてねェだろうな」
「愛情しか入ってません」
「サッチ、交換しねェかい?」
「マルコさんのバカーッ!」


そう言いながらも名前はニコニコ笑う。勿論、マルコにしか見せない特別な笑顔。
その笑顔を見て、マルコもようやく笑った。イライラしていたのも治まった。
二人の間に挟まれた、蚊帳の外にされたサッチは居たたまれなくなり、とりあえず自分も恋人ができますように願う。


「ちょっと名前、ちゃんと仕事しなよ」
「あ、ごめんね」


二人の間に入ってきたのは、少し気の強そうな一人の女の子。
チラチラとマルコ…。というより、サッチを見ては不機嫌なオーラを放つ。
まだセクハラしてないぞ。と睨んでくるマルコに目で伝えるサッチだったが、マルコは全く信じてなかった。普段の行いのせいである。


「恋人でも贔屓はダメだって言ったでしょ」
「ご、ごめん…。あ、サッチさん、友達にセクハラしないで下さいね」
「名前ちゃんまで信じてないの!?いい加減俺だって傷つくよ?!」
「うわ、最低ですね。社会人にもなって」


彼女の発言にピキンと張り付いた空気が流れる。


「だから、まだしてないって言ってんじゃん」
「まだって何ですか?いつかはしようと思ってるんじゃないんですか?最低ですよ、男としても人間としても」
「うっわ、何この子。すっげェ生意気。大人舐めてんの?」
「女舐めてます?女をバカにしないで下さいね、セクハラおじさん」
「この野郎…!何で俺につっかかるわけ?え、もしかしてされたいとか?」
「な、何言って…!べ、別に名前と仲良く喋ってたから羨ましいなんて思ってないし、何よりあんたみたいなおっさんに興味ないし!寧ろ嫌い!」
「………俺のこと気になるの?」
「ハア!?い、意味解んないこと言わないでよ!遊びにばっか夢中になる人興味ありません!仕事だってダメダメみたいだし、そんな男と付き合いたくもない!」
「何で俺のことそんなに知ってんだ?あれ、名前ちゃん言った?」
「……ごめんサッチさん、色々と」


口は悪いし態度は冷たいけど、根はいい子なんです。ただ照れ屋なだけで、本心とは違う言葉が出ちゃうんです。
と、その本人の前で言えるはずもなく、笑って謝る名前。
真っ赤になってサッチに文句を言う女の子だが、墓穴を掘っていることに気づいていない。
そんな女の子をサッチは大人の余裕というやつで大いにからかった。
二人の掛け合いを見ていた名前だったが、マルコに腕を掴まれ、グイッと引き寄せられた。
強い力に倒れそうになったが、もう片方の手をテーブルについてバランスを保つ。


「な、何ですか?」
「名前は俺のだろい?」
「え?」
「その制服、脱げ」
「えええええ!?可愛いのに!?」
「脱げ」


有無を言わさぬオーラに、名前は黙って頷いた。
サッチと女の子がケンカしている間にも、名前は店内中の視線を集めていた。
きっとメイドが名前とこの女の子しかいないからだ。だからと言って、自分の女をジロジロ見られるのはいい気分ではない。
素直に従った名前に「いい子だ」と頭を撫で、腕を離してあげると、顔を真っ赤にさせた名前が少し泣きそうな顔でマルコを見た。


「いきなり格好よくならないで下さい…」
「は?」
「マルコさんが格好いいよー!着替えてきますッ!」


顔を抑えながらスタッフルームへと消えて行く名前。
女の子も慌てて名前を追いかけ、消えて行った。


「やっべ、女子高生萌えだな」
「ロリコン」
「だからお前もだって言ってんだろ!」
「名前が女子高生だから好きになったんじゃねェよい。名前だから好きになったんだよい」


当たり前のように言い放ち、コーヒーを飲む。
愛情が本当に入っているのか知らないが、少しだけ甘く感じたのだった。





はゆさんへ。



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