最強と最弱の人質 「(運がいい)」 男は白ひげを目の前にしたとき、そう思った。 何せ今日に限って調子がよくなり、甲板の…いつもの席に座っていたからだ。部屋から出ているのはなんとも都合がいい。 興奮収まらない身体を無理に抑えつけ、これから起きるであろうことをできるだけ考えないようにしていた。 でないと嬉しさのあまり、隣で自分を睨んでいるマルコに殺されてしまう。 「ああ、ナースどもは下がってな。俺一人で十分だ」 緩む口元をマフラーで隠し、カバンを開けて注射器を取り出す。 その瞬間、場の雰囲気は凍りついた。 「少しでもおかしな真似したら殺す」と言った意志が四方八方から突き刺さる。 「オヤジ殿、これで元気になれますよ!」 「上質な酒さえありゃあ一発だがな」 「でも薬って大事なんですよ。オヤジ殿にはもっと元気になってほしいです!」 「ガキにここまで言われちゃあな…。仕方ねェ」 その殺気を感じ取ることができない名前は白ひげの足元ではしゃいでいた。 調子がよくなったこと。これから元気になること。それを考えるとようやく自然に笑うことができる。 エースから借りているテンガロンハットを背中に背負い、「注射って怖いですよね」と男を見る。 「(ダメだ、落ちつけ…。せっかくのチャンスなんだ…)」 名前に見られると思うと、決心が鈍る。 名前が泣くかと思うと、手が震える。 何故だか無性に悲しくなる。 「(違う、あれはあいつじゃない…)」 思い出せ。と力強く目を閉じ、呼吸をしたあとゆっくり目を開けた。 「あの島にしかねェ特別な薬だ。細胞を活性化させ、抵抗力をあげることができる。まあ他にも色々効果はあるが、お前らの脳みそじゃ理解できねェから黙っとくぜ」 「んだと!?」 「落ちつきなサッチ。事実だろ。俺は違ェけどな」 「イゾウのバカ!」 「少しの間は元気だが、すぐに体力が奪われ、二日間立てなくなる。それを乗り越えたらいつもの通りに戻れるぜ。それでもいいか?」 「何で立てなくなるんだ?」 「言ったろ、特殊だって。その薬が身体になじむまで時間がいるんだ。別に辛くねェが、止めるか?」 「さっさと打て。バカ息子どもがうるさくてかなわねェ…」 「待てよい。そういう作用があるって証拠があんのかい?」 「証拠?逆に考えてみろよ、不死鳥マルコさん。ここで白ひげを殺したら、それと同時に俺もお前らに殺される。俺は医者だ、お前らに勝てるほどの力もねェ。だからここで殺す意味がねェ」 「じゃあ何でオヤジを助けようとしてんだい?」 「ヒヒッ。人助けんのに理由がいんのかよ。まァ見てろって」 男が白ひげに近づき、注射をする。 隣で見ていた名前は顔を歪め、白ひげの足に抱きつく。 「すぐに効果は出ると思うぜ」 男の言葉通り、白ひげの顔色がみるみるよくなり、イスから簡単に立ちあがることができた。 身体が左右に揺れることも、前のめりになって倒れることもない。 しっかり甲板に足をつけ、立っている。 「グラララ。こりゃあ気分がいい」 「オヤジ!本当に大丈夫なのかい?」 「ああ、心配かけたなマルコ」 その場に歓声が湧きあがり、誰もが抱きあって白ひげの復活を喜んだ。 しかし、男だけはそこにいた全員とは違う笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らす。 その瞬間、白ひげの頭上に鉄の塊が現れる。鉄の塊……鉄で作られた牢屋。 現れたと思った瞬間、白ひげを捕えるよう空から落ちる。 異変に気がついたマルコが白ひげの近くにいた名前を抱きあげ救出したが、白ひげは捕まってしまった。 巨躯がピッタリおさまる、狭い牢屋。何故いきなり現れたのか全く解らない。 解らなかったが、これだけは解った。 「テメェ!」 「おっと、俺に近づくなよ。こいつがどうなってもいいのか?」 マルコが男を捕えようとするも、今さっきまでいた場所にはおらず、いつの間にか白ひげの前にナイフを持って立っていた。 「オヤジ殿!」 「ヒヒッ!まさかここまで計画通りに進むとはな…。あ、言っとくがこれ、全部海楼石で作ってるから壊そうなんて無理だぜ」 牢屋を壊そうとする白ひげだったが、力が抜け、膝を折る。 それと同時に、薬の副作用で体力を奪われ、息をするのも辛そうだった。 「安心しろって。死ぬことはねェから」 「何か企んでるとは思っていたが…。何が目的だい」 「目的?ヒヒッ、俺の目的はなァ…。白ひげ海賊団をぶっ潰すことさ!」 白ひげ海賊団のクルーを一人一人殺していき、白ひげに絶望を与えること。 海楼石の牢屋のせいで何もできず、そこで死んでいくクルー達を見て悲しむ白ひげにむかって「ざまーみろ」と笑うことが俺の目的だ! ナイフを上下に揺らしながら高らかに笑う男。 その油断している隙を狙い、マルコが駆けだすが…。 「―――せっかちだねェ…」 「なにっ!?」 男は牢屋の前から姿を消し、マルコの背後を取った。 そのままナイフでマルコの背中を突き刺すも、すぐに青い炎が巻きあがり、再生を行う。 再度姿を消し、牢屋の上に座ってクルー達を見降ろす。 「……イゾウ、あいつの動き見えたか?」 「いや…。本当に消えた」 「つーことは…。悪魔の実の能力者か!?」 「四番隊隊長さん、ご名答。バカにして悪かったな」 「ぶっ殺す!マルコに代わって俺が殺してやるからそっから降りろ!」 「降りたぜ?」 牢屋の上にいた男が、サッチの言葉に従って目の前に現れた。 驚いたが、身体は殴ろうと拳を突き出すも、空を切って甲板に倒れる。 「サッチさん、大丈夫ですか!?」 「ちきしょー…。テメェなんの実の能力者だよ!」 「俺はワプワプの実の能力者だ!」 「え、溺れるのか?」 「ワップワップ!てか?」 「うっわ…」 「程度の低いギャグだな」 「お前らが言ったんだろ!?俺だって恥ずかしかったわ!」 「あ、マルコさん笑ってる」 「おっさんだからそういうギャグに弱いんだろ。ちょっと放っとけ」 エースが疑問を口にし、男がそれに便乗するとイゾウとサッチはどん引きした。 仲間達も「さぶっ」と背中を震わせたが、マルコだけは口元を隠して小刻みに震えている。効果は抜群だ。 「と、ともかく!俺はワープすることができる。だからどんな攻撃をしてこようが、俺に当てることはできねェ」 「………目的は?」 落ちついたマルコが真剣な顔で男を見据える。 「今さっきも言った通り。白ひげに絶望を与えたい。しかし俺だって鬼じゃねェよ。テメェらにチャンスをやる」 ヒヒッ。と肩を揺らし、人差し指を海に向ける。 つられてそこにいた全員が海を見ると、遠くに島があった。 「ドーナッツ島がどうかしたのか?」 「ドーナッツ島?」 「ああ、あそこの島民に聞いた。ドーナッツ島だって」 「んなダッセェ…。いいか、あの島は「イルシオンガーデン」だ!そして、俺の島でもある!」 「そうなのか!?だってあの島はすっげェ強い動物とか虫とかがいるんだぜ!?」 「おう。どいつも可愛い俺のペット達よ」 「マジかよ!そんな強ェ動物達をペットにしてんのか!お前すっげェ奴なんだな!」 「エースさん、ちょっと落ちついて下さい…」 「俺行きてェって思ってたんだ!で、どうすればいいんだ!?」 「お前バカそうだけど、話早くていいな…」 キラキラと目を輝かせながら、興奮気味に男に聞くと、男は溜息をはいて「ゲーム」の説明をしてくれた。 「俺は白ひげを連れてあの島に帰る。返してほしければあの島…、秋島の俺のところまで来い」 秋島。島の頂上に男が住まう施設があり、その場まで誰か一人でも辿り着いたら白ひげを解放する。 それと同時に、今さっき打った薬もくれてやる。長生きはそこまでできねェが効果は絶大。 但し辿り着ければの話。 もし大勢で来てみろ。一網打尽になるぞ。あの島は「強いもの」しか生きれない。 俺じゃなく、動物達に殺されるお前達を見て、白ひげは絶望するだろうよ。それこそ俺が望むことだ。 「おお、お前いい奴だな!お前じゃなく動物ぶっ倒せば返してくれんだろ?簡単じゃねェか!」 「バカエース。強い動物がいるのに秋島に来いって言ってんだぜ?卑怯だし簡単じゃねェよ」 「ああ、それとお嬢ちゃん」 「俺?」 「もしものための人質だ。来い」 男の言葉に、名前は動きが固まった。 その場にいたクルー達も言葉を失い、沈黙が走る。 「待て…」 「何だよ白ひげ。黙って寝てろって」 「そいつはひよっ子だ…。連れて行くんじゃねェよ」 「だからこそだろ。ほら行くぞ」 「えッ!?」 また姿を消し、名前を小脇に抱え、白ひげの前へと戻る。 マルコやエース達が「名前!」と声をかけ、近寄ろうとするが、ナイフを名前の首元にあてられ、その場に踏みとどまった。 「お嬢ちゃん、俺だって傷つけたくねェんだ。大人しくしててくれるよな?それとも大事な船長を殺されたい?」 「……解りました」 「うん、やっぱりいい子だな。それじゃあ白ひげ海賊団の皆さん。また!」 「名前ッ!」 男が消える前にマルコが名前の名前を呼び、悔しそうに顔を歪める。 「(必ずオヤジと一緒に助けに行く。だから安心しろい!)」 「(………オヤジは任せた?解りました!)」 念を送ったマルコだったが、鈍感な名前には全くと言っていいほど伝わらなかった。 男は牢屋の上にワープし、その場から綺麗に消えたのだった。 ( ← | → ) ▽ topへ |