末っ子、上陸完了 「―――名前をどこにやった…」 「ヒヒッ、あんな邪魔な小娘、消してやったよ。チョロチョロと鬱陶しい…」 「バカ娘が…!」 「いい顔するじゃねェか白ひげ、最高だ。その調子で何もできない自分に腹立ててろ。ヒヒッ!」 男が白ひげに報告している間、モビー・ディックでは騒ぎが起きた。 男に白ひげと一緒に連れて行かれたと思った名前が戻ってきたからだ。 名前自身も混乱していたが、ナース長に水を渡され、ここがどこだか解った。 「名前ちゃん、どうしてここに?船長さんは?」 「お、俺も解らなくて…。本を読んでたらあの人に見つかって…。気づいたらここに…」 とある資料を読んでいたら男に見つかってしまい、名前は一瞬の抵抗のあと、モビー・ディック号に強制送還された。 隊長や隊員達から熱烈なハグをしてもらい喜んだが、思い出したように「あ!」と声をあげる。 「俺行かなくちゃ!」 「何言ってんだ。せっかく帰ってきたんだから大人しくしてなさい」 「でもビスタさん、俺凄いこと知っちゃったんです!」 多分ではあるが、写真で見た狼の涙から万能薬を作ることができる。 白ひげに打ったのもきっとあの狼の涙から取ったものだ。 興奮気味に見たことをナース長やビスタ、ジョズと言った親しいものに話すも、大人達は名前が島に戻ることを許さなかった。 マルコ達が海王類に襲われているのを見たのもある。 「このことをマルコさん達に伝えたいんです!オヤジ殿の為にも!」 いくら名前が必死に訴えかけても、首を縦に振らない。 「うー…」と涙目で訴えても今日だけはワガママを聞くことなく、ナース達に連れられ部屋へと帰された。 「お姉ちゃん達はオヤジ殿が心配じゃないんですか!?」 「心配だけど…」 「名前ちゃんをわざわざ危ないめに合わせたくないの。ねえ、お願いだから解って…?」 「……」 白ひげと名前が連れ去られ、モビー・ディック号は虚無感に襲われた。 白ひげはきっと大丈夫だと信じている。殺されるわけがないと。 しかし、名前だけは違う。名前はこの船で一番年下で、一番弱い。心配で心配で…。心臓が潰れるかと思った。 ナースの言葉に名前は言いたい言葉を無理やり飲みこみ、小声で「ごめんなさい」と謝る。 心配をかけたばかりではなく、ワガママまで言ってしまったと、先ほどまでの自分を攻める。 「だから今日はもうゆっくり休んで?」 「船長さんならマルコ隊長さん達がきっと助けてくれるから。ね?」 「…はい…」 「ん」 テンガロンハットを脱がしてもらい、額にキスをしてもらう。 静かに出ていくナース達を見送ったあと、そのまま後ろに倒れた。 まだ一日も経ってないのに疲労感。このまま目を閉じてしまえばすぐに寝れる気がしたが、眠ることなんてできない。 「よし…」 行くな。と言われた。 それでもジッとしているだけなんてできない名前はクローゼットに手を伸ばす。 動きやすい服に着替えるため、あまり持っていない名前の服をクローゼットから掘り出す。 刺青はまだできないから。と言われ、その代わりにイゾウが作ってくれた白ひげのマークが入ったパーカーと、動きやすさを求めてショートパンツをベッドに投げる。 その二つに着替え、小型の銃を収めるホルダーを太ももに巻いた。 できるだけ武器になるようなもの、自分が使えるものはサッチが作ってくれたモビー・ディック号の形をしたリュックに詰め込み、エースのテンガロンハットと一緒に背負う。 「お菓子も入れて、準備完了。……どうやって島に向かおう…」 自分の準備はできたが、島へ行く手段がない。小舟を出そうとすればきっとすぐにバレてしまう。 その場で左右に動くも、いい考えは浮かばずベッドに座って頭を抱えた。 すると控えめなノック音が耳に届いた。 甲板に出るドアからではなく、海を見ることができる窓から。 もしかしてマルコが帰ってきたのかと思い、急いで窓を開けるが、青い鳥はいなかった。 沈む気持ちのまま海を見降ろすと、一人の男…ドーナッツ島について色々教えてくれた男が小舟に乗っていた。 「やあ、また会ったね」 「な、何でこんなところに…?」 「あれから気になってたんだ。でもなんか声をかけづらくて…。何かあった?」 「実は…」 「あ、ちょっと待って。そこにいたら波の音がうるさくて聞こえないや」 男はそう言うと身体を浮かせ、名前に近づいてきた。 人間が飛ぶなんて思ってもみなかった名前は開いた口が塞がらない。 「の、能力者なんですか?」 「みたいなもの。それより何があったか教えてくれる?」 「あ、…はい…」 男は空に浮いたまま名前の話を真面目に聞いてくれた。 事情を全て説明すると、男は「じゃあ」と名前の手を取る。 その手は海水のように冷たく、一度手を離す。 「ごめんね、俺体温が低くて…」 「ビックリしただけです…。すみません」 「気にしないで。よく言われる」 「すみません…」 「ねえ、島に行きたい?」 再び男の手を取ると、男は真剣な眼差しで名前に問う。 名前は一度目を閉じ、行っていいのか考える。 きっとナース長やビスタ達だけじゃなく、マルコ達にも怒られるだろう。 もしかしたら白ひげ自身にも怒られるかもしれない。勝手なことをしてしまった…。 ここでジッとしているのが一番だけど、ジッとなんてしていられない。 この話を今断っても、すぐに後悔する。後悔したあと小舟を出して何としても島に向かうだろう。 「はい、行きたいです」 「じゃあ連れてってあげるよ」 名前の返事に男は手を引いて、空に浮いたままゆっくりと小舟に降り立つ。 驚いた顔の名前に笑顔を向けたあと、船を漕ぎ始める。 次第に離れていくモビー・ディック号に何度も謝り続け、再び向かうイルシオンガーデンに目を向ける。 「もしかしたら死ぬかもしれないのに行くんだね」 「え?」 「死ぬのは怖いでしょう?」 「……怖いけど…オヤジ殿のところに行きたい…です」 「そう、俺も死ぬのは怖いよ。でも生きるのは死ぬより辛い」 「辛い?」 「さあ海域に入ったよ」 サンゴ礁を超え、イルシオンガーデンの海域に入った途端、波が激しく揺れた。 船に両手をついて収まるのを待つ名前。 マルコ達同様、この船も襲われるかと思えば、それだけで終わり、何事もなく島に上陸することができた。 「砂丘近くにあったダフトグリーンがなくなってる…。それどころかダフトグリーン自体が春島にない…」 「あの、どうかしましたか?」 「秋島から降り注ぐダフトグリーンのみか。どうりで…」 「あのっ…」 「―――じゃあ、俺は帰るね。頑張って」 「え?あ……はい…。ありがとうございました」 独り言を呟いたあと、先ほどと変わらない笑顔で船に戻り、手を振る。 名前も手を振りながら、「あ」と声をもらす。 「お名前を窺っていいですかー?」 「俺の名前は だよ。じゃあね名前さん」 波の音のせいで名前を聞きとることはできず、男はどんどん沖へと進んで行った。 何度もお礼を言って、頭を下げた名前は持ってきたリュックを背負い直す。 「早くマルコさん達と合流して、あの狼のことを伝えよう。それからオヤジ殿を助けて皆で船に帰るんだ!」 そのとき、森の奥から獣の唸り声と叫び声が名前の耳を強く刺激した。 「……は、早くマルコさん達に合流しよう…!」 震える手を力強く握り、恐る恐る森に踏み入った。 ( ← | → ) ▽ topへ |