25万打部屋 | ナノ

ある男の失恋話

「あれ、名前。どっか行くの?」
「あ、サボくんお帰り。うん、ランチに誘われたからちょっと行ってくる」
「へー、珍しいな。じゃあマルコさんに宜しく伝えといて」
「え?ああ、マルコさんじゃなく、隣の課の人と行くの」
「そうなんだ。……男じゃないよね?」
「何で解ったの?」
「うーん、マルコさんに言った?」
「これぐらいでメールしたら怒られるから」

「名前ちゃん」

「あ、ごめん!じゃあサボくん行ってくるね!」


財布を持って入口で私の名前を呼ぶ彼の元へと駆け足で向かう。
サボくんが何か言ってたけど、彼に肩を掴まれ聞きとることができず扉が閉まった。
ランチに誘ってくれた彼とはそれなりに仲良しで、よくご飯を一緒に食べる。しかも彼の奢り!
ちゃんと断るんだけどいつの間にか会計済ませちゃうんだよね…。
今日は近くに美味しいレストランを見つけたからって朝に誘われ、お昼を一緒にする約束をした。


「今の彼って?」
「サボくんのこと?」
「うん、仲良さそうだったけど、その、彼氏とか?」
「まさか!それにサボくん結婚してるし」
「そうなんだ。そっか、よかった…」


サボくんには溺愛しているお嫁さんがいる。あと新婚って言ってっけ。
いいよねェ、新婚って。いっつもラブラブできてさ。あ、勿論私とマルコさんはいつでもラブラブしてるけどね!


「あ、メールだ」


音を立てて鳴るのは私の携帯。
彼に謝りながらメールを確認すると珍しくマルコさんから!
内容は「今から飯」のシンプルな内容だったけど、それがマルコさんらしくて思わず口元が緩む。


「どうかした?」
「ううん、何でもない!」
「名前ちゃんっていつも幸せそうだね」
「今すっごい幸せだよ!」
「え、そんなに?」
「うん!」


そう答えると彼も嬉しそうな顔で笑った。
何もないのに二人して笑いあい、彼が見つけたレストランへと到着。
丁度昼時なので、少しの行列ができていた。
並ぶのは別にイヤじゃないけど、休憩までに食べきれるかな…。

心配していたけどお客の回転が早く、ちょっとの余裕を持って会社に戻ってこれた。
安い割には結構お腹いっぱいに食べることができて大満足!いいレストランだ、また行こう。


「今日もご馳走になってごめんね…」
「気にしないで」
「今度は私が奢るから!」
「じゃ、じゃあまた付き合ってくれる?」
「うん、勿論!」


だって彼はいつだって美味しいお店に連れてってくれるんだもん!
あ、そうだ。今度マルコさんにも教えてあげよう。
エレベーターへ向かいながら彼と並んで歩いていると、丁度エレベーターが一階に到着しており、閉まろうとしていた。
私と彼は慌てて飛び乗ろうとしたら、書類などの荷物を大量に持っている男の人が気づいて開けてくれた。
息を切らしながらお礼を言って、横についてあるボタンを押して扉を閉める。


「それにしても名前ちゃんの食べっぷりは凄いね」
「え、そんなに?」
「何食べても美味しそうに食べるからさ。俺も何だか嬉しくなったよ」
「そ、そんな大口開けてたかな…」
「うん、だからさ、これからも一緒に食べたいなーって…」
「ん?うん、いいよ。って、今さっきも言わなかったっけ?」
「あー…その、なんていうか…」


彼は何だかもじもじとしながら照れ臭そうに笑う。
ああ、同じこと二回も言ったら恥ずかしいよね。
そう思って私も笑うと、彼は嬉しそうに笑って「名前ちゃん!」と強めに私の名前を呼んだ。

……あれ、ちょっと待って。この匂いって…。

ボタンの前に立っている、荷物を大量に持った男の人を振り返る。
この後ろ姿は…!ああああ、何で私は気付かなかったんだろう!


「マルコさん!」


愛しの愛しの旦那様ではないか!
荷物のせいで見えなかったにしろ、何で気づかなかったんだよ!私のバカッ!大バカ!


「え?」
「マルコさんご飯はもう食べ終わったんですか?」
「……ああ」


マルコさんの隣に移動し聞くと、マルコさんは一度彼をちら見して、また前を向いて短く返事をする。
ああ、そんな素っ気なさも格好いい!
というか、会社で会話できるなんて…!今日はなんていい日なんだろう!


「名前ちゃん、この人…」
「あ、知ってると思うけどオヤジさんの秘書だよ!それでもって私の旦那様です!」
「名前ちゃん結婚してたの!?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「だって結婚指輪してないし…」
「あ、うん。指にしとくと落ちちゃうの。だからネックレスにしてるんだ!」


マルコさんに買ってもらった結婚指輪は私の指には一回り大きかった。
指輪サイズ解らないのに買っちゃったからね。
だからと言って私にサイズを聞くのはイヤだった(恥ずかしかった)らしい。
指にははめれないので、シルバーのネックレスに指輪を通して首から下げている。
照れ屋なマルコさんも不器用なマルコさんも愛してる!


「そ、……んな…!」
「どうしたの?」


マルコさんを見て今さっきとは正反対の顔を浮かべる彼。
あ、オヤジさんの秘書をこんな近くで見たから驚いてるのかな。そうだよね、マルコさんってば会社で有名だもんね!自慢の旦那様だよー!


「名前」
「ん?」


ニヤニヤ笑っているとマルコさんに名前を呼ばれ、振り返る。
すると唇に柔らかい感触。
驚いて目を見開いたが、すぐに離れて「ごちそうさん」と言われた。


「ママママルコさん…!」


少し腰をかがめて私にキスをしたマルコさん。
こ、こんなところで…!彼の前でこんなっ…!ていうか会社では絶対しないと思ったのに…!
徐々に赤くなる顔でマルコさんを見ると、マルコさんは彼を見てニヤッと笑う。
ああああそんなマルコさんの顔も素敵です!恥ずかしいけどやっぱり好き!


「じゃあな名前。しっかり仕事しろよい」


先にマルコさんが降り、また閉まる。
私はマルコさんの格好よさに腰が抜け、傷ついている彼を見ることはなかった。






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