甘い人 「…」 今日は珍しくマルコに甘えることなく、静かにテレビを見ている名前。 テレビの前に置いてある広いソファに二人並んで座り、名前はテレビを、マルコは小説を読むのが夜の過ごし方なのだが、名前の横には誰もいなかった。 「名前」 「マルコさん!仕事終わった?」 「いや、当分終わりそうにねェから先に寝ろい」 マルコは珍しく家に仕事を持ち帰り、あまり使わない仕事部屋で黙々と書類やパソコンと戦っている。 マルコに構ってもらえないのは寂しいが、邪魔をしたくはないので静かにしている。 ドアから顔だけ出して寝るよう言うが、名前は返事をしなかった。 握っていたクッションを持ったままマルコに近づき、ギュッと服を掴む。 「マルコさんは…?」 「俺はまだ終わりそうにねェから」 「手伝えることある?」 「名前には無理だよい」 「そう…」 「気持ちだけ貰っとくから」 寂しがる名前を宥めるように頭を撫でてあげる。 子供扱いをするつもりはないが、まだ子供っぽさを残すのでついついやってしまうマルコ。それに、マルコからしたら名前は十分子供である。 いつもだったらいい顔をしない名前だが、今日は少し嬉しそう笑った。 「解りました、じゃあ先に寝ますね!」 「ああ。おやすみ」 マルコはそのまま部屋に戻り、名前は寝室ではなくキッチンへと向かい、水を温め始めた。 勝手に買ったお揃いのマグカップを取り出し、ココアの粉を入れる。 甘い飲み物が苦手なのは解っている。ブラックコーヒーが好きなのは何年も前から知っている。 だけどココアを作り、こぼさないよう仕事部屋の扉をノックした。 「寝たんじゃなかったのかい?」 「はい、マルコさん」 「……ココア?」 「砂糖もミルクもいれてないよ。身体は温めて下さいね!」 ブラックコーヒーを飲んだらきっと目が冴えてしまう。 仕事をするからいいことなのだが、明日だって早くから会社へ向かわないといけない。 だから甘くないココアを作って手渡した。 「…ありがとな」 「いえ。じゃあ今度こそ私は先に寝ます。おやすみなさい」 「おやすみ」 また同じことを言って、扉を閉める。 イスに座ったマルコは熱いココアを口に含んで、すぐに眉をしかめる。 「甘ェ…」 いくら砂糖やミルクをいれなくとも、マルコにとってココア自体が甘い。 しかしせっかく作ってくれたココアを捨てるなんてできるはずがなく、眉をしかめながらココアを飲み干す。 チラリと時計を確認すると夜中の二時を迎えていた。 まだ少し仕事は残っているが、これぐらいなら明日中に終わるだろう。 そう思ってかけていたメガネを外し、背中を伸ばしてイスから立ち上がる。 マグカップを流しに置き、洗いやすいように水をいれておく細かい配慮も忘れない。 戸締りを確認して、名前が寝ている寝室へ向かうと、何かがおかしいことに気付いた。 「…ああ、位置か」 いつも一緒に寝るとき、寝る場所、位置は暗黙の了解か何かで決まっている。自分が左で、名前が右。 それなのに名前が左の、マルコが寝るほうに寄って寝ていた。 名前を起こして「そっちに寄れよい」と言うほどのことではないが、いつもの位置で寝ているのに慣れてしまっているため違和感を覚える。 どうしようかと名前が寝ているほうへ腰を下ろすと、名前が声をもらしてゆっくり目を開けた。 「悪い」 「おわ、た…?」 「ああ」 「あたため、たんです…。はい、どうぞ…」 むにゃむにゃと言いながらいつも寝るほうへと寄って、マルコが寝るスペースを作る。 名前が寝ていた場所に手をつくと、人肌で温かくなったシーツが手からじんわり広がった。 「甘ェなァ…」 「……」 また寝息をたてる名前を見て緩んだ口元を手で押さえて笑うと、ベットが微かに揺れる。 「ありがとよい」 温かいシーツに横になり、名前を抱きしめてマルコもゆっくり目を瞑った。 ( ← | → ) ▽ topへ |