これだけはどうしようもないが、 「よっこらしょ…」 会社の一角にある喫煙席に腰を下ろし、すぐそこの自販機で買ったコーヒーを飲みながら、目頭を押さえた。 会議ばかりで目や腰やらが酷く痛む。 「歳かねェ…」 また一口コーヒーを飲むと、二人組の社員が会釈をして入って来た。 手で簡単に挨拶を返し、少しその場から横に移動する。 きっと他の会社に比べるとここの会社の喫煙室は広い。広いが、男三人密着して座りたくない。 「はー、疲れたなー!」 「帰って寝てェ」 自分だって帰って部屋でのんびり過ごしたい。 きっと名前が甘えてくるだろうから適当にからかって、虐めて、で時々素直に甘やかせてあげたい。 何気なしに携帯を開くと名前からメールが二件きていた。 どうせくだらない内容だろうと思いつつ、ちゃんと読んであげる。 一通目は『今から休憩です!エースくんは今日も居眠りしてます』で、二通目は『仕事園長…』と誤字メール。 「(園長じゃなく、延長な)」 そういったことは返信する几帳面なマルコ。 タバコを吸いながらメールを打っていると、丁度名前が重たそうな荷物を持って歩いているのを見つけた。 サボが手伝おうとしていたが、サボもサボで大量の荷物を持っていたため名前が断っている。 「お、名前だ」 「マジで?」 名前に気づいたのはマルコだけでなく、一緒に入っていた男二人もだった。 「名前って結構可愛いよな」 「結構な。なんかいっつも笑顔だし、元気だし」 「あと虐めたくなる」 「ああ、解る解る」 返信途中の携帯を閉じ、名前を見ながら煙をはいた。 名前の足取りは危なく、きっと転ぶだろう。 サボもそれを予想しているか、何度も何度も名前に振り返り、「大丈夫?」とかなんとか声をかけている。 「時々喋るんだけど、反応が面白ェ」 「マジかよ。俺も喋りてェ!」 「ああ、でも新人二人が邪魔で話かけづらいぞ」 「は?なに、あいつら名前の彼氏?」 「いや、そうじゃねェらしい。つか名前結婚してんだぞ」 「マジか!俺初めて知ったわ…」 「知ってる奴のほうが少ねェから」 「……人妻ってのもありだな」 「旦那って誰なんだろうな」 俺だよい。と言いそうになるのを、なんとか堪える。 「あ、見えた」 「でもストッキングでハッキリ見えなかった!」 そんな会話がされている間に、名前はやっぱり転んだ。 書類を派手に散らかし、打った膝を押さえ痛みに耐えている。 サボが苦笑いしながら書類をかき集め、名前が持てるだけの量を渡し、余った書類はサボが持つ。 名前がサボに何か言っていたが、サボは笑うだけでさっさと歩いて行く。 「ってかストッキング伝線入ってたぞ」 「あれだな、裂きたくなるな」 「変態か」 「いや、名前なら面白そうな反応するかなって」 「するだろうな」 いつの間にか吸うことすら止めていたタバコは指近くまで短くなっていた。 置かれていた灰皿に押し付け、携帯を開いて返信の続きを打って送った。 「あ、休憩終わりだ」 「すみません、先に失礼します」 「お疲れ様です」 また会釈する二人にまた片手で挨拶して、何気なしに二人が座っていたイスをジッと見つめる。 「マルコさん!」 「名前」 「本当にいた!サボくんが言ってた通りだ!」 静かになった途端、また騒がしい人間が来た。 息を整えながらマルコの横に座る。 「サボくんがね、ここにマルコさんがいるよって教えてくれたの!」 「……仕事は終わったかい?」 「うん!サボくんに手伝ってもらって…」 「派手に転んだな」 「み、見てたんですか!?」 「ここにいたからな」 「あー…恥ずかしい!」 「…。名前、ストッキング伝線入ってるよい」 「あ、そうだった!今さっきの通りかかった人に教えてもらって変えようかと思ったんですけど、マルコさんがいるから先に来ちゃった」 「二人組の男かい?」 「はい。あれ?それも見てたんですか?」 「いや。なんて言われたんだい?」 「えー、「名前、伝線入ってんぞ」って普通に…。それがどうかしましたか?」 「……いや」 「マルコさん?」 無防備すぎる嫁に、なんて注意してやればいいか全く解らない。 結婚してるし、何より自分がモテるなんて微塵も思ってないんだろう。 きょとんとしている名前の頬をプニプニ触って、残ったコーヒーを手渡す。 マルコの意味の解らない行動にハテナマークを飛ばす名前だが、ちゃんとコーヒーは受け取った。 「昼からも頑張れよい」 「は、はい!」 ぽんぽんと頭を叩いて、喫煙室から出て行く。 残った名前はコーヒーを一気飲みし、あまりの苦さに顔を歪めたが、「マルコさんからの愛だ」と頑張って耐えた。 「どうしたもんかねェ…」 一方マルコはぶつけることができない怒りをなんとか耐えながら、溜息とともに吐き出した。 ( ← | → ) ▽ topへ |