油断できない 「これほど車がなくて嬉しいときはありません」 「面倒くせェよい…」 通勤に使う車を車検に出しました。 なので今日から数日はマルコさんと一緒にバスで通勤します! 普段別々で通勤しているから本当に嬉しい!マルコさんと通勤できるだけで朝からテンションあがりっぱなしです! 「いいですかマルコさん。バス通勤も楽ではありません。なので心して乗るように」 「バスごときで何言ってんだい」 そう言ってバスに乗ったマルコさんだったが、あまりの人の多さに「こういうことかい」と呟いた。 「前はこんなことなかったろい。いきなりどうしたんだい」 「オヤジさんの会社の近くに新しい会社ができたんです」 「…それでかい」 私が乗るところからでは座ることができないので、吊革を握って会社前に着くのをひたすら待つ。 近くにできた新しい会社は子会社ながらもそれなりに成績を残していて、社員さんも着実に増えていっている。 そのせいでいつもバスは満員…。辛いけど仕方のないこと。それにもう慣れた。 だけどマルコさんはゲッソリとした顔で窓の外を見ていた。 そんな顔も素敵です。と耳打ちをしたら、少し笑みを浮かべて「車が恋しい」と呟く。弱りきってるマルコさん可愛い! 「おはようございます」 「あ、おはようございます」 満員バスにまたさらに新しい人が乗ってきた。 出入り口付近に立っていた私は、その人が乗ってきた瞬間軽く挨拶をする。 スーツを着た男の人はマルコさんとは反対の私の隣に立ち、吊革を握る。 「今日も満員ですね」 「ですね。朝から疲れます」 この男の人はバスの中だけの知り合い。 前に急ブレーキで倒れそうになった私を支えてくれた優しい人。 それをきっかけによく話すようになり、退屈な通勤時間の唯一の楽しみになっている。 「でも今日は少ないですね」 「そうですね。でももう少し減ってほしいものです」 彼はとても丁寧な言葉と、優しい雰囲気をまとっている。 それなのに年は私と変わらないんだって。凄いね、私も見習わないと! 「あ、そうだ。この間言ってたDVD持ってきました」 「覚えててくれたんですか?やったー、ありがとうございます!」 「いえ、面白い映画なので是非観て頂きたくて…。返すのはいつでも構いませんので」 「ありがとうございます!」 彼は狭い中鞄からDVDを取り出し、私に貸してくれた。 あまり有名ではない映画だけど、あらすじを聞いてから観たくなって、冗談で「貸して下さい」って言ったら快く貸してくれることになった。 「もしかしたら楽しくないかもしれませんが、僕はメジャーな映画より好きです」 「じゃあ今日の夜にでも観ますね!ありがとうございます」 「いえ。観たらまた感想聞かせて下さい」 DVDのパッケージを見ていると、ひょいっと手から消えた。 「あ!」と思わず大きな声を出してしまい、すぐに口を抑える。 「マルコさん!」 「お前、こんなのに興味があったのかい」 取ったのはマルコさん。 マルコさんもDVDのパッケージや、裏の説明を読む。 「あの…」 「あ、すみません。私の旦那なんです」 エヘヘ。と緩みそうになる口を頑張って抑えつつ紹介すると、マルコさんは横目で彼を見て「どうも」と会釈をする。 彼は彼で目を見開き、やっぱり「どうも」と会釈をする。 ……間に挟まれて、なんだか居心地が悪い…! 「結婚されてたのですね」 「あっ、はい…。実は…」 「もしかして同じ会社ですか?」 「え、あ「エドワードカンパニーの社長秘書その他諸々している者です。嫁が毎朝お世話になっております」 ……な、何なんですかその無駄に爽やかな笑顔は…! 嬉しいけどなんか怖いよ! 「ご丁寧にありがとうございます。僕は「こんなとこでなければ名刺渡してたが、すまねェな。渡せそうにねェや」…いえ、結構です」 彼も彼で見たことのないオーラを漂わし、ニコニコと張り付いた笑顔を作っている。 え、私がいけないの?私なんか変なことしたっけ。DVD借りちゃダメだったのかな…! 「名前、世話になったならちゃんと言えよい」 「ご、ごめんな「あ、名前さんって言うんですか。名前聞きそびれてたままだったから嬉しいです」……でしたっけ…」 その瞬間、近くにいた私にしか聞こえない舌打ちがマルコさんから聞こえ、彼に苦笑いを向けていた私は振り返れなかった…。 「今日はどうして旦那さんが?」 「実は「車検に出して今日から三日ぐらい一緒に行くことになってんだい」 「せっかく同じ会社なのに一緒に通勤できないのですか。寂しいですね。名前さんは結構寂しがり屋ですよね」 「う、うん結構「だから一緒に行ってんだろい。それに、時間が合えば車で行くこともある」 彼は私を見ながら私に話かけ、私がそれに答えようとすると間髪いれずマルコさんが答える。 私今さっきから全然喋ってない! 「俺だったら名前さんと一緒に行きたいな。名前さんドジっ子だから凄く心配です」 「よく言「そうだな、名前はドジだから車が戻ってきたら一緒に行くことにするよい。忠告ありがとよい」 だから、喋らせて! 「あ、着いた!マルコさん、降りよう!」 涙目で現実逃避するように外を見ると、見慣れた場所が目に写った。 「助かった!」と心の中で喜びつつ、マルコさんの背中を押して出口へと向かう。 「DVDありがとうございます!」 「いつでも構いませんよ。また明日」 彼に頭を下げると、彼は今さっきとは違う笑顔で手を振ってくれた。 今度会ったら謝ろう。私全然悪くないけど。 「……」 それなのに何でマルコさん怒ってるんですかっ…! 確かに人様に迷惑かけて、ちゃんと報告しなかったけど。 しなかったけど私これでも社会人だよ?ちゃんとお礼言ったし! 「名前」 「は、はい!」 「運転免許取りに行くか」 「え?…でも二台も車はいりませんよ?」 「じゃあバイク」 「いいですけど…。転びそうで怖いです」 「……」 どうしたんだろ…。 もう怒ってないみたいだけど、ちょっと様子がおかしい。 会社に向かいながら喋ろうとしないマルコさんの横に並び、言葉を待つ。 「……引っ越すか」 「マルコさん、本当にどうしたんですか?!」 その日、何故かDVDを観せてくれませんでした。 ( ← | → ) ▽ topへ |