20万打部屋 | ナノ

その恋、禁断につき

「ただいま」


ドアを閉め、学校帰りに買った荷物をその場に下ろして靴を脱ぐ。
「ただいま」と言っても、この時間帯は誰も帰ってない。だけど言ってしまうのは礼儀に厳しい兄二人に教育され、それが当たり前だと思っているから。


「よいしょっと…」


キッチンに荷物を置いてから先に制服を着替える。
寝室に誰かいるかと一瞬考えたが、やっぱり誰もいない。トイレもお風呂も。
今この家には私一人しかいない。
いつもはうるさい部屋がシーンと静まりかえっていて何だか寂しかったけど、こんなときにしか弱音を吐けない。


「…お腹空いた、疲れた、眠たい…」


キッチンにあるイスに座り、身体をテーブルに預けて呟く。
こんな台詞、兄二人と弟一人の前じゃ絶対に言えない。
だってサボお兄ちゃんは社会人でこの中で一番苦労をしている。そんな人の前で「疲れた」なんて言えない。
エースお兄ちゃんも大学があるのにバイトをかけもちして家計を助けてくれてる。そんな人の前で「眠たい」なんて言えない。
伸び盛りで、毎日お肉をお腹いっぱい食べたいルフィの前で「お腹空いた」なんて言ったらダメ。姉として失格だ。
でも私だって人間だもん。一人のときぐらい弱音を吐きたい。別に誰かに聞いてほしいわけじゃないし、これぐらいいいよね。


「ご飯作らないと…。その前に洗濯物いれとこう…」


しばらく身体を休めて、ゆっくり起こす。
そろそろルフィが帰ってくる時間だ。その前に夕食の下準備だけは終わらさないと…。
イスを引いて立ちあがろうとしたら、頭がグラリと揺らいだ。
倒れないようにテーブルに手をつき、グルグル回る意識を取り戻そうとする。

この感覚はあれに似ている。
しゃがんでいたのにいきなり立ち上がって気持ち悪くなる感覚…。


「貧血…?」


まさか。
そりゃあご飯は少ないけどそれなりに食べてるし、運動だってそれなりにしてて、身体は丈夫なほう。
でも気分は悪いままで、立ってるだけでもしんどい。
その場にしゃがみこみ、回復を待つ。


「ただいまー」
「え?サボお兄ちゃん?」


こんな姿見たら絶対心配する!
驚いて勢いよく立ち上がると、またグラリと視界が揺らいだ。
な、何でサボお兄ちゃんがこんな時間に…?


「アキー?まだ帰ってな、おいアキ!どうした!?」
「お、お帰りサボお兄ちゃん」
「言ってる場合か!気分でも悪いのか?それともつわりか?」
「冗談言ってる場合?」
「よし、ちゃんとツッコミが返ってきたから大丈夫だな。でも顔色悪ィぞ?本当にどうした?」
「ちょっと貧血で…。大丈夫、すぐに治るから」


サボお兄ちゃんの手を借り、イスに座らせてもらう。
焦ったサボお兄ちゃんの顔久しぶりに見たな…。
隣のイスに座っておでこや、頬を触ってくるサボお兄ちゃんに「大丈夫だよ」って笑ってみせると、少しだけ安心した顔になる。


「それより今日早いね」
「ああ、仕事が思ったよりスムーズに進んでな。家でアキを手伝おうと早く帰ってきた」
「いいよ、私がするから。サボお兄ちゃんはゆっくり休んで。疲れてるでしょ?」


気分も落ちつき、立ち上がろうとしたらサボお兄ちゃんが私の両肩に手を添え、動きを止める。
「どうしたの?」って聞くと、真剣な顔で私を見てきて、思わずドキッと心臓が音を立てる。


「アキのほうが疲れてるだろ」
「でも…」
「いいから休んでろ」


グイッと腕を引っ張り、寝室へと連れて行かれる。
今日は慌てて家を出たから布団がそのまま敷かれていて、その布団に座らされる。


「サボお兄ちゃん?」
「夕飯まで寝てろ。準備は俺がしとくから」


心配そうな笑顔で私に笑いかけ、な?と頭を叩く。
そしてそのまま強制的に寝かしつけられた…。


「今日は何にするつもりだったんだ?」
「……カレー…。特売でルーが安かったから…」
「そうか。野菜も大量に余ってるし野菜カレーだな」
「文句言うよ?」
「でっかく切って肉だって言い張ろう。あいつらバカだから騙されるだろ」


笑って立ち上がろうとするサボお兄ちゃんに、胸がキュッと締めつけられた。
何だろう。疲れてるからかな…。今離れてほしくない…。


「アキ…?」
「サボお兄ちゃん…」


服を掴んでその場に引き止める。


「……そこにいて?」
「っアキ、お前…!」
「だ、ダメだった?そうだよね、ご飯作らないといけないもんね…。でもね、ちょっと…寂しい、かな?」
「ダメだってアキ、男にそんなこと言ったら…!」
「え?」
「俺の妹は魔性の女だ。だがそこがいい!」


若干顔を赤くしたサボお兄ちゃんがまた腰を下ろし、頭を撫でてくれる。
嬉しくて笑うとサボお兄ちゃんも照れ臭そうに笑ってくれた。
撫でてくれる手が温かく、そして気持ちいい。人のぬくもりっていいね。
次第に瞼が重くなり、寝落ちそうなときに名前を呼ばれて、意識だけ起きる。瞼はもう限界。


「ルフィや俺らの為に自分の食費を削ってるのも、俺らの為に全部我慢して家事をしてくれるのもすっごく嬉しい。だけど、寂しいよ」
「…サボ、…ちゃん…?」
「アキが頑張るから俺らも頑張ってしまう。甘えてほしいのに我慢してしまう。もっとワガママ言ってくれ。それがどんなに嬉しいか、優しすぎるお前には解んねェんだろうけど」
「………、」
「おやすみアキ。今日は俺が腕によりをかけて作るから、いっぱい食べてくれ」


おでこに柔らかい感触がしたあと、フッと意識が途絶えた。
次に目が覚めたときは何か温かいものが隣にあって、ゆっくり目を開け、確認する。


「ルフィ…?」


私を抱き枕のように抱きしめ、大口を開けて寝るルフィが目にうつる。
もうそんな時間か…。深い眠りについてたから結構寝ちゃったのかな?
ルフィに抱きつかれたまま顔だけをキッチンに向けると、サボお兄ちゃんとエースお兄ちゃんがいた。


「エースお兄「だからってサボの飯かよ…。アキの手料理がよかった…」
「文句言うなら食うな。どうせ野菜しか入ってねェよ」
「それでもアキが作ってくれるなら何でもいい。何でも食べてェ!」
「うるせェなこのシスコンが。いいから早くルフィ起こしてこいよ。アキは俺が起こすから手ェ出すなよ」
「テメェだけアキに甘えられてずるい!俺もアキに甘えてもらいたい!」
「おいコラエース!」


ご飯をよそいながら強めに注意をするサボお兄ちゃんを無視し、イスから飛び上がり私に駆け寄ってきたエースお兄ちゃん。
だけど起きてる私と目が合うと残念そうな顔をして「なんだよ…」と呟いた。
苦笑して起き上がろうとすると、ルフィがそれを逃がすまいと力をこめる。
バランスを失った私はルフィの上に倒れてしまった。


「ルフィ、そろそろ起きないと」
「んー…眠ィ…。アキー、一緒に寝るぞー…」
「もう寝たじゃん。ダメだって」
「ルフィ!そういうのはお兄ちゃんを間に挟んでしろ!」
「バカ言ってねェでルフィ起こせよブラコンバカ」
「いてっ」


エースお兄ちゃんによって引き離された私とルフィ。
まだ眠気眼のルフィをエースお兄ちゃんが頬を叩いて無理やり起こす。
乱暴だけど仕方ないよね。起きないルフィが悪いんだもん。


「アキ、よく寝れたか?」
「うん。なんかスッキリした」
「でも無理は禁物な?またアキが貧血になったら心配だ」
「大丈夫だよ。それに貧血ぐらいじゃ死なないし」
「でもアキバカなあの二人だったら喜んで血を提供しそうだぞ?」
「アハハ、そうかもね」
「俺もだけどな」


グシャグシャになった髪の毛を整えてもらいながらサボお兄ちゃんの言葉に笑うと、そのまま腰に手を回され抱きしめられた。
サボお兄ちゃんはルフィやエースお兄ちゃんと違って抱きついてこない。
だから抱きついてきた。ということは、本気だということ。
思わず緊張して身体が固まってしまった。


「アキとルフィがいないと働く意味がない。だから無理すんな」
「……はい」
「うん、いい子だな。じゃ、飯にするか」


二人にバレることなく早々に離れるサボお兄ちゃん。
寝る前みたいに寂しく気持ちになって、胸を手を当ててみる。
何だか穴が開いたみたいだ…。


「二人とも、さっさとイスに座れよ。食っちまうぞ」
「食ったら許さねェからな!」
「うほー!うまそーっ!」
「ほらアキ座って」
「……うん!」


その日は珍しく家族全員揃って夕飯を食べることができた。
この気持ちに気づくのはまだまだ先。





羽野さんからリクエスト頂きました。




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