20万打部屋 | ナノ

その唇、危険につき

「アキー」
「どうしたの、エースお兄ちゃん」
「買い物行こ?」


甘えた声を出すのはなんら珍しいことではない。
だけど今回は顎を机につけ、くりっと小首を傾げておねだりしてきたエースお兄ちゃんに、胸をキュッ!と握られた。
我が兄だが今の仕草は可愛すぎる…!


「アキ?」
「な、何でもない。うん、いいよ」


家計簿をつけていたノートを閉じ、シャーペンを筆箱に戻す。
今日は土曜日で学校も休みだし、遊びに行く予定もなかったから快く返事をすると、すっごく嬉しそうな顔で「っしゃ!」と勢いよくイスから立ち上がった。
買い物なんてよく行くし、特別なわけでもないのに、これぐらいで喜んでくれるエースお兄ちゃん。
勿論私も嬉しい。だってエースお兄ちゃん好きだもん。


「アキ、これ着ろ」
「え?別に構わないけど…。どうかした?」
「それとこれとこれな」
「エースお兄ちゃん?」
「んで、寒いから俺のマフラー貸してやる!それで俺コーディネートはバッチリ完成」


服を渡され、満足そうにえばっている。何で?
疑問を抱きつつ、言われた服に着替えようとしたけど……。


「……エースお兄ちゃん」
「あ、わりィ」


同じことの繰り返し。ちゃんと言わないとずっとそこにいる。
妹の裸見てもいいことないでしょ…。ってこの間言ったら、サボお兄ちゃんと声を揃えて、「ある!」とハッキリキッパリ言われた。
男としては正解だけど、兄としては最低だと思う。


「着替えたよー」
「やっべ、一瞬女神かと思った」
「……どれ着ても褒めてくれるのは嬉しいだけど、それはちょっと恥ずかしい」
「それぐらいアキに惚れてるってことだ」


サボお兄ちゃんとは違う、ニコッとした爽やかな笑顔で近づき、持っていた自分のマフラーを巻いてくれた。
近くなった距離に少し胸が高まったけど、すぐに落ちつく。あ、エースお兄ちゃんの匂いだ…。


「うし、行くか!」
「うんっ」


戸締りして、玄関の鍵も閉めて…。
ルフィは今日ウソップ君の家に泊まるって言ってたし、サボお兄ちゃんも帰るのが遅くなるって言ってたから書き置きはしなくて大丈夫。
あ、そう言えば今日はエースお兄ちゃんと二人っきりになるんだっけ。


「ん?どうした?」
「ううん」


隣を歩くエースお兄ちゃんを見上げると、視線がぶつかり、誤魔化しの笑顔を浮かべる。
二人っきりを意識したらまともに顔が見れなくなった。
何でだろうね。今までもこんなことあったのに…。


「アキ、寒い」
「寒いね」
「俺、夏は平気だけど冬はダメだ」
「知ってる。でも体温高いから羨ましい…」
「じゃあ手ェ繋いでやるよ」


ニシシ!とルフィに似た笑い声。
私の言葉を待つ前に手を握られた。
うん、やっぱり温かい。


「アキと手ェ繋げるなんて幸せだな」
「そんなに?」
「おう!」
「……じゃあ私も嬉しい」
「今のセリフやっべ。超可愛い」
「シスコン」
「うるさいブラコン」


ジンジンと熱を帯びる手。寒いけど寒くない!


「ところでどこ行くの?」
「内緒」
「なんで?」
「何でも。それより指絡めていいか?」
「ダメって言っても絡め……てるじゃん…」
「アキが可愛いからな!」
「シスコン」
「それが何か?」


また笑って歩き続ける。
次第に行き交う人が増え、賑やかな街中へとやって来た。
ここに来たということは、ショッピングモールでも行くのかな?


「エースお兄ちゃん、私お金持ってないよ」
「大丈夫」
「…。最初に言っとくけど、今月も厳しいからね」
「大丈夫」
「本当に欲しくないからね」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないよ…」


笑って「大丈夫」としか答えないエースお兄ちゃんにこの先不安になる…。
今月も食費でお金はガリガリっていうより、ガッツリ削られ、持ちそうにない…。
それなのにこんなところで買い物したら生きていけないよ!
サボお兄ちゃんには先月もまた余分に貰ってしまったし、エースお兄ちゃんからも貰った…。

行きたくない。と手を離そうとしたけど、強く握られて離れそうになかった。
あ、でも…。もしかしたら見て楽しむだけかもしれない!
それなら嬉しいな!服とか小物とか見るの好きだし。
またエースお兄ちゃんの服選んであげるのもいいかも。


「と思ったのに、化粧品コーナー…」
「アキ、こっちとこっち、どっちの色が好みだ?」


女の私より楽しそうなエースお兄ちゃん。
商品を指して聞いてくるのは口紅の色。口紅、というよりリップ系。


「可愛いね」
「だろ。これ見たときからアキに似合うなーって…。で、どっちが好みだ?」
「言ったら買うでしょ」
「買わねェとつけれねェじゃん」
「ダメ」
「じゃあ二つ買う」
「エースお兄ちゃん!」


嫌いじゃないよ。だって女の子だもん。化粧だってしたい!
だからその場で何分か言い争ったが、結局買ってもらった…。


「バカ」
「たまには贅沢しねェとな」
「どっから出てくるのよ…」
「出しちゃいけねェとこから」
「大バカ。……でも」
「でも?」
「すっごく嬉しい、です」
「バカはどっちだよ…!可愛すぎる!」


お店の人の目の前で力強く抱きついてきたエースお兄ちゃん。
ちょ、お店の人困ってるから!あああ、他のお客さんも見てる!


「エースお兄ちゃん!お店の人困ってる!」
「あ、いやー、すみませんね。つい妹が可愛くて…。ね、可愛くないですか?」
「え?え、ええ…」
「すみません、すみません!ほら、行こッ!」
「アキー、次は腰に手ェ回していいか?」
「セクハラで訴えます」


腕を掴んでお店をあとにし、人混みに紛れる。
もー…TPOぐらい考えてほしい。だからルフィもエースお兄ちゃんの真似ばっかしてるの気づいてる?


「アキアキ、腹減ったし飯食おうぜ」
「……ハァ…。サボお兄ちゃんはそんなことないのに…」


サボお兄ちゃんは真面目だし、二人に比べて常識人だから外では絶対にしない。
……家でもしないか。あ、嘘。してる、する。
また指を絡めて繋いだ手に引かれ、ゆっくりと歩き出す。
でも何だろう…。少し、様子がおかしい?


「エースお兄ちゃん?」
「サボは今関係ねェだろ。それと、俺とサボを比べんな。俺は俺だ」
「……うん、ごめんね」
「反省してるなら許す」


サボお兄ちゃんとエースお兄ちゃんは双子で歳が一緒だからか、ルフィや私とは違った仲の良さが二人の間にはある。
昔から二人で私達を助けてくれたし、お互いを助け合ってきた。一番信頼しあっている。
だからか、二人とも比較されるのを嫌がる。うん、比較自体いいことじゃないよね。
素直に謝ると握る手の力を弱めてくれた。だけど顔は見せない。今のは確実に私が悪い。


「嫌いになった?」
「なってねェ。なれるわけがねェ。つかそれ卑怯」
「ごめんなさい」
「……じゃあ今日はワガママ言ってくれ」
「…うん、甘える」
「それで許してやる」


ようやく見せてくれた笑顔にホッと胸を撫でおろし、今度は私から握る手に力を込めた。


「でも今日だけ」
「いつも甘えてくれ。一緒にお風呂入ろ?とか、キスして?とか」
「……言ってほしい?」
「言ってくれんのか!?」
「嘘」
「だーくそ!」


また他愛もない話をしながら、レストラン街へとやって来た。
お昼時は過ぎてるからそれなりに空いていて、待つことなくイタリアンレストランへと入る。どうやら食べ放題らしい。
あーあ、お店の人可哀想に…。エースお兄ちゃん恐ろしく食べるよ?
でもルフィとサボお兄ちゃんがいなくてよかったね。いたら本当に赤字になってた。


「いいか、バイキングなんだから払った以上食べろ」
「頑張ります!」
「よし、行くぞ戦場へ!」
「アイアイサー!」


そしてその言葉通り、お店は戦場になった。
片っ端から食べ物を空にし、コックさんもスタッフも唖然状態。
私も頑張ったけど、普通の量。でもデザートは頑張った!すっごく美味しい!
お腹いっぱいに食べたのも久しぶりだし、今日は贅沢しちゃった。


「何だよアキ。デザートばっかじゃねェか。肉食え、肉」
「エースお兄ちゃんのせいでもう何もないよ」
「あ、わりィ。でもまだまだ入るぜ」
「もう止めてあげて」


お腹いっぱいに食べたエースお兄ちゃんが私の顔をジーッと見てくる。
なので食べていたデザートのアイスをスプーンに乗せて口元に持っていくと、照れ臭そうに笑ってパクリと食べた。


「お見通しだな」
「解りやすいから」
「てか冬にアイスは寒いだろ」
「美味しいからいいの。ごちそうさまです」


ちゃんと手を合わせて頭を下げると、エースお兄ちゃんも「ありがとうございます」と厨房に向かって頭を下げた。
きっと焦ってるんだろうなー…。


「ねぇエースお兄ちゃん。これつけていい?」
「その為に買ったんだ。構わねェよ」


口周りを綺麗にして、鏡を片手に買ってもらった色つきリップを口に塗る。
キラキラと光ってプルンと弾む。ウォーターリップか、贅沢だ。勿体ないからあんまり使わないようにしないと…。


「どう?」
「最高。さすが俺の自慢の妹。絶対嫁にやらねェ」
「じゃあ、」


どこかの少女漫画で見た台詞を思い出す。
友達とそれを読んで、「いつか言ってみたいね」と笑ったっけ。
ちょっとだけ緊張したけど、きっと笑ってくれると思う。
身を乗り出し、顔を近づけニコッと微笑み、


「おいしそう?」


聞いてみた。
一瞬の間のあと、エースお兄ちゃんが目を細める。

あ、間違った。

後悔しても遅く、どうしようかと内心焦っていると、頬に手を添えられた。
ビクリと震えて「エースお兄ちゃん?」と名前を呼ぶと、エースお兄ちゃんも顔を近づけてきた。


「すっげェうまそう。食べていい?」
「っだ、ダメだよ!」
「なんで?」
「なんでって…。だって…」
「意味解って言ってんだろ?」
「そうだけど…。ちょっとした冗談で…」
「冗談?俺はいつでも本気でアキの言葉を聞いてる」


手で何度か頬を擦り、親指で唇を触る。
ちょ、ちょっとヤバい、かも…!


「じゃあ味見は?味見ならいいだろ?いっつもさせてくれるじゃん」


プニプニと唇を触った指をペロリと舐め、また触る。


「あれとこれは違うよ!」
「あー、ダメ。俺我慢するの嫌い」
「ダメったらダメ!場所考えて!」
「……家ならいいんだな?」
「ち、違うッ!」
「そっか、家ならいいんだ。そうかそうか」


楽しそうに笑って離れてくれた。
聞こえるんじゃないかってぐらいうるさい心臓を宥めていると、エースお兄ちゃんが上着に腕を通し、鼻歌交じりに伝票を持ってレジへと向かう。
慌ててマフラーを巻き、荷物を持ってあとを追った。


「あ、あの…エースお兄ちゃん…」
「どうした?」
「……私、閉店するまでここに「帰るぞ」


ニッコリ。
それ以上何も言わせないオーラを漂わせながら、逃げないよう強く手を握る。
しかも腕も絡ませてるから確実に逃げれない…!


「あ!私あのお店入りたい!」
「無駄遣いは禁止なんだろ?」
「見るだけなら」
「見たら欲しくなるからダメ」
「……。エースお兄ちゃん、携帯貸して。サボお兄ちゃんに今日何時に帰ってくるか聞くの忘れてた」
「………あ、もしもしサボ?お前今日何時に帰ってくんだ?あ?…ああ、解った。……何でもねェよ。アキが聞き忘れたって言ったから電話しただけだ。…ああ、じゃあな。…まだ解んねェってさ」
「…」
「アキ」
「は、はい?」
「楽しみだな!」


あまりに嬉しそうな笑顔に、何が!?とは聞きませんでした。





アカネさんリクエスト頂きました。




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