20万打部屋 | ナノ

その枕、限定につき

いつも誰よりも早く起き、私達の為にご飯を作ってくれるサボお兄ちゃん。
それだけじゃなく、家事もこなし、仕事も頑張ってくれる。
まだ若いのにその背中には重たいものを背負い、文句や弱音を吐くこともなく頑張ってくれる。
それは勿論エースお兄ちゃんもだけど。
だけど、サボお兄ちゃんはこの家で唯一、厳しい社会で生きているんだ。


「アキ、いいから座ってろよ」
「サボお兄ちゃんこそ大人しくててよ。私がご飯作るの」
「だけどお前疲れてるだろ?」
「それはサボお兄ちゃんもでしょ」


日曜日。今日はサボお兄ちゃんの休息の日。
だから日頃溜まった疲れを癒してほしいのに、いつも通り朝早く起床し、家事をし、普段できない場所を掃除する。
すっごく嬉しいし助かるんだけど、休んでほしいのが妹である私の願い。
几帳面な性格だから気になるんだろうけど、ダメです。

少し強い口調で言うと、苦笑いを浮かべながら「怖い顔するなよ」と頭を撫でてきた。
頭を撫でられると何も言えなくなる私だったけど、今日はいつもと違います!
サボお兄ちゃんの手から包丁を奪い、「座ってて」とイスを指す。
渋々と言った態度でイスに座って、私が淹れてあげたコーヒーを飲む。
さて、今日のご飯はっと…。


「アキ、お兄ちゃんが野菜切ってやろうか?」
「サボお兄ちゃん!」
「う、嘘だって…」


何でそんなに動きたがるのかなァ…。
元からアクティブな兄だったが、社会人になってもなかなか直らない。ジッとするのが苦手みたい。
チラリとサボお兄ちゃんを覗き見ると、肘をついてテレビを見ていた。
丁度ドラマが放送されてて、つまらなさそうな顔で欠伸を一つ。
途中から見るドラマはストーリーとか解らないもんね。
だけどドラマがある場面に変わると、サボお兄ちゃんは目を輝かせて身を乗り出し、そして私に視線を向ける。


「アキ、新婚さんごっこ「却下」


テレビでは、ラブラブなカップルが一緒に料理を作っている。
台詞が安易に予想つき、早々に言葉を遮ると本気で落ち込んだ様子で顎を机につけて「何だよー…」と呟いた。
そりゃあ…サボお兄ちゃんと料理するの嫌いじゃないけど、男の人が女の人の背中に抱きつき、手を添える態勢は恥ずかしい。


「った…!」
「アキ!?」


そんなことを考えていると、いつもはしない些細なミスで指を切ってしまった。
反射的に声をあげたけど、思ったより傷は深くない。ただ皮が切れて、血が滲んでいるだけ。
それだと言うのにサボお兄ちゃんは血相を変え、イスから立ち上がって机を飛び越える。


「指切ったのか!?」
「机を飛び越えないで!」
「血が滲んでいるから大丈夫だと思うけど…」
「と言うか机を飛び越えるってなんなの!?」
「一応消毒しとくか」
「聞いてる!?」


私の話を全く聞いてないサボお兄ちゃん。
大したケガじゃないから掴んでいる手を振り解こうとしたが、思ったより力が強くて剥がれない。
なんとなく嫌な予感がして、サボお兄ちゃんを見上げると、誰もが騙される爽やかな笑顔で私を見ていた…。


「お兄ちゃんが舐めて消毒「明日から口聞きません」アキ〜…。さすがにそこまでは言いすぎだろ」
「だってサボお兄ちゃん関係ないとこまで舐めるんだもん」
「おいしいからつい」
「ルフィじゃあるまい…」
「……ルフィも舐めたのか?」
「え?あ、うん。味見したいからって」
「…んー…そっか。ちょっと悔しいな」


あまり見せない悲しそうな顔で笑って、私から離れた。
ズキン…と心が痛んだけど、すぐに消えてなくなる。何だったんだろう…。
サボお兄ちゃんは何も言わずイスに戻り、またテレビに顔を向ける。
わざとかどうか解らないけど、顔を見せないようにしていた。
何だか気まずい雰囲気になったので、それを誤魔化すかのように私も背中を向けて夕飯の準備に戻る。


「…」
「…」


しばらく沈黙が続き、ドラマのエンディングが流れ始めた。
次に始まったのはニュース。この家でニュースを見るのは私かサボお兄ちゃんぐらいだけど、サボお兄ちゃんは好んで見ようとしない。
だからチャンネルと変えると思ったのに、いつまでもキャスターが喋り続けていた。


「……何だ、寝てのか」


机に伏したまま、静かに寝息を立てていた。
絶対に私より早く寝ることも、遅く起きることもないサボお兄ちゃん。
久しぶりに見た寝顔に、思わず顔が綻んでしまった。


「でもここで寝たら風邪引いちゃうしな…」


社会人は身体が大切ですから!
軽く肩を叩いて、「風邪引くよ」と言っても「あー」と気の抜けた返事しか返ってこない。
起きてほしくないから強く言えないでいたけど、ここで寝るのはダメ。
そう思っていつも寝る部屋に布団を敷き、サボお兄ちゃんを抱える。
お、重たい…。解っていたけど重たい…!
若干引きずりながら布団の上まできて、どうやって寝転ばすか考えていると、耳元で名前を呼ばれた。


「布団で寝るほうがいいでしょ?」
「あー…。じゃあ寝ようか」
「っわ!」


ふにゃりとした優しい笑顔を浮かべ、私を押し倒す。
布団のおかげでそこまで痛くなかったけど、今のは止めてほしいな…。


「って、重たいよ!」
「気持ちいー…」


人を押し倒した挙句、人の胸を枕にする…。これっていいんだろうか…。
そう思ったけど、また寝息を立てるサボお兄ちゃんを見て、溜息しか出てこなかった。
抱きしめる腕から逃れようと、一度だけ抵抗してみたが全く離れなかったので早々に諦める。
なので自分も寝ることにした。夕飯の準備はある程度終わってるから大丈夫。


「よいしょ…」


毛布をサボお兄ちゃんの背中にかけてあげ、自分も枕を探す。
よし、寝る準備は完璧。実は私もちょっと疲れてたんだよね…。
滅多に見れないサボお兄ちゃんの寝顔を見て、頭を撫でてあげる。
撫でられるの気持ちいいから、きっとサボお兄ちゃんも気持ちいいはず。


「いつもご苦労さまです」


感謝の言葉を言って、さあ寝ようと意気込んだ瞬間。
外の階段がガタガタと音を立て、そのうるさい音が段々と近づいてきた。
ああ、なんてタイミングの悪い…。


「アキーっ、帰ったぞー!」
「アキ飯ー!俺腹減って動けねェ!」


しかも二人揃ってですか。
けたたましく家に帰還した兄と弟に、私は溜息しか出てこなかった。


「二人とも静かにしてよ。サボお兄ちゃん起きちゃう」
「あー、サボが寝てる!めっずらしいな!」
「テメェサボ!アキの胸を枕に寝るたァいい身分だな!そこ代われ!」
「静かにしてよ。ルフィ、大声出したら今日の晩ご飯抜きです」
「解った、静かにする」
「いい子だね、さすがルフィ」
「アキッ、俺もおっぱい枕!」
「ダメ。サボお兄ちゃんで満席です。ていうかおっぱい枕とか言わないで」
「なんだよそれ!サボだけずりィぞ!」
「サボお兄ちゃんは疲れてるからいいんです。いつも頑張ってるし」
「俺だってアキやルフィの為に頑張ってんだろ!」
「家事手伝ってくれるもん。それにサボお兄ちゃんが甘えてくるなんて滅多にないし…」
「そう言えば俺、サボの寝顔久しぶりに見たぞ」
「そうだけどよー…。なんて羨ましい奴だ、こいつ!」
「アキの胸は気持ちいいのか?じゃあ俺も!」
「また今度ね。今日はダメ」
「じゃあ明日な!」
「しょうがないなァ…。でもこの体勢はダメだからね」
「えー、何でだよ!俺もこれがいい!」
「恥ずかしいの!」
「サボだけ卑怯だ!アキ、俺も!」
「……ダメ。これはサボお兄ちゃん限定です」
「「えーっ!」」


近くで大声を出す二人だが、起きることなく眠り続けるサボお兄ちゃん。
余程疲れているのかと思いきや、実は起きてて、必死に笑いを堪えていたらしい。
一緒に寝た時間は短かったけど、何だかスッキリとした顔が見れて私も何だか嬉しくなった。


「アキアキ」
「ん?」
「また来週、一緒に寝ような」
「いいけど…。あの体勢はやだな…」
「なんで?俺限定なんだろ?」


ニヤッと笑うサボお兄ちゃんに、「この人わざと寝たふりしてたのかな」と疑ってしまった。
そう言えば二人とは違い、サボお兄ちゃんは頭脳犯だっけ…。


「やられた…」
「無防備なアキが悪い」


また笑って私の頭を撫でた。





燿さんからリクエスト頂きました。



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