前兆 数日前まで死ぬんじゃないかってぐらい重い風邪を引いていた名前だったが、今でははすっかり元気を取り戻していた。 何日も泊めてくれたお礼にと、お店の手伝いをしたり、ルフィの仕事を手伝ったり、とにかく忙(せわ)しなく動いている。 それはもちろんゾロもなのだが、彼は一度として文句は言わず、名前に付き合っている。 「はい、ゾロさん。ご飯です」 「おー」 今日は珍しくお店が忙しかった。 名前が手伝ったこともあり、ナミの負担は軽減できたものの、お昼ご飯もゆっくり食べることができなかった。 遅くなった夕食をサンジと一緒に作り、ゾロに持って行く。 名前は前に座り、ゾロより少ない量のご飯を口に運ぶ。 「飯」 「はい」 いつものようにそう言って茶碗を名前に出せば、名前は二つ返事で受け取り、せっせとご飯を山盛りにつぐ。 そんな二人の様子を見ていたナミとサンジ。 サンジは「アイツ!名前ちゃんを顎で使いやがって…!」と憎しみがこもった目で睨みつけていたが、ナミは無言で何かを考えている。 答えが出たのか、フフッと笑い、背中を向ける。 「ナミさん、どうかした?」 「あの二人って変な関係よね」 普段は、飼い主と忠犬の関係。勿論ゾロが飼い主で、名前が忠犬。 だけど裏ではそれが反対になる。 現に、今日名前が男に絡まれたとき、ゾロがすぐに助けに来てくれた。さながら、飼い主を守る番犬のように。 「番犬?狂犬の間違いだろ」 「そうね、そっちのほうが合ってるわ」 また笑って、箸を置く。 ようやく忙しい一日が終わった。 さすがに疲れちゃったわ。というナミに、名前が近づいてきた。 「ナミさん、お願いがあるんですけど」 「なぁに?」 「しばらくの間ここに居させてもらえませんか?」 これからのことをどうしよう。と名前がゾロと話し合い、何故かお金がないことに気がついた。 実は裏でナミがゾロから、宿代、飯代、治療代諸々のお金をふんだくっていたのだが、名前は知らない。 だからしばらくの間グランドジパングで過ごし、お金を貯めようということになった。 勿論ナミは「大丈夫」と言って歓迎してくれたが、名前の後ろにいたゾロは怪訝そうな顔をする。 「大丈夫、もう取らないわ」 「え?」 「今度は友達として迎えるから」 「と、友達?私とですか?」 「何よ、イヤなわけ?」 「とんでもないです!こんな私を友達と呼んでくれるなんてっ…。初めてです…」 何せ今まで嫌われた人生を歩んできたのだから。 恥ずかしそうにモジモジする名前に、ナミは力強く抱きしめる。 二人の間に入りたい。というサンジの言葉に、ゾロが黙ってろ。と睨んだ。 「友達だから遠慮はダメよ」 「は、はい!」 「こっちも遠慮しないから」 「は、はい?」 ニヒヒ!と目をベリーに変えて笑うナミに、サンジとゾロは息を合わせて溜息を吐いたのだった。 そして翌日も忙しい一日となり、昨日に比べ厳しいことを言ってくるナミに、名前は涙目になりながらも一生懸命手伝う。 ゾロは邪魔。と言われ、お店の外で胡坐をかいて、僧侶のフリをしている。勿論、そのお金の一部はナミの懐の中にへ消えるのだが。 「サンジ、ナミいるかー」 「あら親分。こんな夜にどうしたの?」 食後の団欒を過ごしていたサンジとナミ、名前とゾロ。 すると珍しく今日は来なかったルフィが息を切らせながら入って来た。 手には一枚の紙。それを四人に見せる。 「この男見たら教えてくれ」 「この男がどうかしたんですか?」 「コイツ悪ィ奴なんだ!」 「そりゃあ手配書に載ってるぐれェだからな」 「違う!えっと、ここ最近悪い奴がいんだろ?そいつらのボスなんだ」 「なるほどね。お店にも張っておきましょうか?」 「おう、頼んだ。それから、戸締りとか気をつけろよ!」 「おいルフィ。飯食って行かねェのか?」 「ああ、今忙しいんだ!」 大事なことだけを伝え、また外へ走り出す。 大好きなご飯より余程この男が危険なのだろうか。 ナミと名前が置いていった手配書の男をジッと見つめる。 「いかにもって感じの顔ね」 「……この男、どっか見た気がするんですけど…」 「悪人ってのは大体一緒なのよ。さあ寝ましょ。名前、お風呂一緒に入りましょ」 「あ、はい!」 その夜。 一つの部屋で一緒に寝ているゾロと名前は横になりながら珍しく会話をしていた。 どうもあの手配書の男が気になって眠れない名前。 「ゾロさんは見覚えないですよね?」 「見たとしても忘れてる」 「ですよね。うーん、どこだったかな…」 「もういいだろ。寝ろよ。明日もどうせ扱き使われんだからよ」 「ナミさん容赦ないですね」 「おう、鬼だ」 「それはちょっと…」 そのおかげでタダで泊めてもらってるし、美味しいサンジのご飯が食べれる。 遊びに来るルフィやウソップ、チョッパーのおかげで毎日が楽しい。 例えヘトヘトに疲れても、それ以上のものを得ることができる。 だから今が楽しいです。と笑う名前に、「そうか」とほんのり笑って会話を終わらせる。 「(多分ゾロさんに会う前だと思う)」 目を瞑るゾロに、名前も目を閉じて寝る準備。 どうしても離れないのは何故だろうか。きっとよくないことだと思う。だから早く思い出したい。 でも思い出すと、悲しかったものまで思い出してしまう。 それは怖いから振り払って、思い出すのを止めることにした。 その瞬間、フッと思いだし、だけどすぐに消えた。 「(……小さい、ころの思い出)」 よくないことはゆっくりと足音を立て、近づいてくる。 ( ← | → ) ▽ topへ |