再び繰り返す 「どう生きたらこんな風に育つのかしら…」 眠った名前を見て、溜息を吐きながら静かに部屋をあとにしたナミ。 部屋を出た廊下にゾロが胡坐(あぐら)をかいて座っており、一度ナミを見て、また目を伏せる。 「女の子泣かせるなんて最低ね」 ナミがケンカ腰に言っても、ゾロは目を開けることはなかった。 その態度が気に食わないナミは怒りを抑えきれないまま廊下の奥へと消えて行く。 ようやく静かになった廊下。 ゾロは重たい腰をあげ、襖を開けて中を覗く。 暗くてよく見えないが、苦しそうに息をしているのは解った。 そのまま中へ入り、横に座って頬を触ると熱かった。 「あちィ…」 ゾロが呟くと、名前がふと目を覚ます。 驚いて手を引っ込めると、名前が小声で何か伝えてくる。 「何だよ」 「…って、……さい」 「は?」 「出て、って…」 途切れ途切れの言葉を拾い、一文を作る。 その言葉を理解して、言われた通り部屋から出て行く。 またイライラして、乱暴に襖を閉めてしまった。 でも部屋から離れることなく、近くに腰を落とし目を瞑る。 普段頼られることはあっても、自分を拒絶することは絶対になかった。 風邪を引いたんだからいつも以上に頼ればいいのに、何故か自分を拒絶する。 それが面白くなく、いつもなら目を瞑るとすぐ眠れるはずなのに当分の間眠ることができなかった。 「大体ゾロは子供なのよ!」 「そうなのか?」 お昼ご飯も食べに来たルフィとウソップに、ナミが怒りを露(あら)わにしながら喋り出す。 サンジが今までの経緯を話し、大体のことを理解したナミは名前に同情しており、ゾロに深い怒りを感じていた。 名前のことを知らないウソップのためにサンジが簡単に名前の不思議体質について話すと、彼も最初のルフィ同様涙を豪快に流した。 「今まで自分しか頼らなかった名前が、他の人を頼るのが気に食わないただのガキ。見てて腹が立つったらなんの…」 だからって名前に当たることないじゃない。あの子がどんな性格か自分が一番知ってるくせに! 昔のことを考え、嫌われないようしてしまう名前。 だから不機嫌でいると「自分のせい?」と思ってしまうのは必然。 それが負担になって、風邪を引いてしまった。 「親分もいけないんだけどね」 「いてェ!ナミまで引っ張んなよ!」 「ほんっと可哀想!同情なんて意味ないからしたくないけど、動物虐めてるの見てるみたいでイライラする!」 ダンッ!と机を叩くナミに、ウソップは「落ちつけよ」となだめるも、杞憂に終わってしまう。 「名前にとってゾロは特別な存在なんだから、それだけで十分じゃない」 「羨ましいなァ。俺も女性の特別な存在になりたい」 「お前は無理だろ」 「テメェの長っ鼻へし折るぞ」 「止めろー!」 「ともかく。名前が治るまでゾロは近づけさせないように。どうせロクなこと言わないんだから」 名前の風邪が治ったら、話し合いでもしようか。 と笑うサンジだったが、名前の風邪は二日、三日経っても治らなかった。 チョッパーが色々と診断してくれるが、症状は変わらない。 他の病気なのでは?と言われたが、風邪以外のなにものでもない。 日々続く高熱のせいで、名前の食欲は落ち、栄養を取ることもできない。 焦りだすナミやサンジ。ルフィたちも仕事の合間をぬっては来てくれるが、よくなる兆しはない。 「チョッパー、肺炎とかじゃないの?」 「いや、違う。本当にただの風邪なんだ…。あの薬さえ飲めば大丈夫なはずなんだけど…」 「そう言ってもう四日経つぜ?しっかりしてくれよ」 「解ってるよ…!でも…」 持ってきたお粥も食べようとしなかった。 ナミが何度も額を冷まそうと布を変えるも、すぐに熱くなってしまう。 「もしかして…」 そう言えば彼女は“不運”を持っている。 ゾロが近くにいると大丈夫だと言うから、廊下か隣の部屋に居させている。 もしかしてそれがダメなのでは? そう思ったナミは部屋を出て、廊下で居眠りをしていたゾロを一発殴る。 「いってェな!何しやがる!」 「ちょっと来て」 ゾロの悲鳴なんか無視をし、耳を引っ張りながら名前の部屋へと連れて行く。 名前の枕元に座らせ、 「あとは任せたわ」 とだけ言って、サンジとチョッパーを部屋から追い出した。 ナミはゾロが変なことを言わないようにその場に残る。 「任せたって…。俺ァ医者じゃねェんだぞ」 「知ってるわよ。でももうこれしか考えつかないの」 風邪を引いたからこそ、もっと近くにいないといけない。 違うかもしれないけど、これしか考えられない。解らない。 だから部屋に入れ、名前の近くにいるようゾロを説得する。 だけどゾロは眉間にシワを寄せたまま。 「名前が出て行けって言ったんだ。知らねェよ」 「そう言う文句は名前が元気になってから言って。いいからそこにいなさい!」 逆らうな。というナミのプレッシャーに、渋々浮かせていた腰を再び降ろした。 「ご飯も食べないのよ…。食べないと薬飲めないし、栄養もいかない。チョッパーも困ってるの」 「無理やり食わせろよ」 「鬼か」 睨んでくるナミを無視し、名前に声をかけて起こす。 ちょっと!と声を荒らげるナミを再び無視して、お粥が入った鍋に手を伸ばす。 「……ゾロ、さん…」 「食え」 「いらない…」 「食え」 二度目は怒りを込めて強く言うと、ごそごそと動き出し、起き上がろうとする。 ナミがそれを支え、フラフラしながらお粥を食べる。 だけどすぐに嗚咽が襲い吐き出そうとするが、「吐くな。飲み込め」と強く言われたので、素直にお粥を飲み込んだ。 「全部食うまで寝んな」 「はい…」 「アンタ…、ほんと鬼ね」 「そうでもしなきゃ治んねェんだろ」 時間をかけ、言われた通り全部食べきった名前は薬も飲んで、再び布団の中へと戻る。 ご飯も食べた、薬も飲んだ。これで寝ればちょっとはよくなるかも。 息をつくナミは布を冷たく濡らし、額にそっと置く。 「ナミさん…」 「私これ下げてくるから。あんたはここにいてよ」 「あー、はいはい」 静かになる部屋。 大人しく寝ようとする名前だったが、ゾロが部屋に入ってきてから何だか楽になってきた。 ご飯も食べたし、薬も飲んだから? 「ごめんなさい、ゾロさん」 顔は背けたまま、ぼそりと謝る。 何も言わないゾロに、またいつかの苦しさがこみ上げて、涙腺が弱まり涙が一筋流れる。 風邪を引くといつも以上にネガティブになってしまう。 涙を布団に染み込ませながら、「ごめんなさい」と何度も謝る。 「…何でそんなに謝んだよ」 「だってここから離れられないし、ずっと怒ってるし、……私といると疲れるって…」 「あれは……」 「疲れるなら、もう一緒に旅しません…。でも寂しいから、私が寝ているうちに行って下さいね…」 「お前はそれでいいのかよ」 強い口調に、名前は唇をギュッと噛む。 よくなんかない。離れたくない。不幸にするとかそんなのは二の次だ。ゾロさんから離れたくない。 ずっと手に入れたかった“人のあたたかさ”。それを私は知ってしまった。だから離れたくない。 ゾロさんは時々自分勝手だけど優しい。そして“私”を初めて受け入れてくれた。だから一緒にいたい。 涙を流しながら喋ると、視界がいきなり暗くなった。 驚いて声をあげると、「そのまま寝てろ」と声がする。 ひんやりとしたそれはゾロの手で、名前の視界を塞いで身動きを取らせないようにした。 「じゃあ離れんな」 「え?」 「ずっと俺の傍にいろってことだ」 「でも「うっせェなァ!じゃあ本気で置いて行くぞ!」 病人相手に怒鳴ってしまった。 ハッ!と気付いたときには遅く、小声で謝罪するゾロ。 「一緒にいたい、です」 「じゃあもう気にすんな」 「……」 「それ以上喋ると殴る」 「…病人相手に酷いです」 「治ったら覚えとけ」 手を離し、壁に寄りかかる。 泣いて赤くなった目でゾロを見て少し笑い、もそもそと布団に入り直す。 丁度よく眠気も襲ってきた。 また一度ゾロを見て、ゾロも寝ているのを確認して名前も静かに寝息をたてた。 ( ← | → ) ▽ topへ |