狐のお兄ちゃん | ナノ

兄、消える

「マルコ、大事な話があるんだ」


マルコは名前の自室を借り、書類整理に明け暮れていた。
夕方まで姿を見せなかった名前がようやく姿を見せたかと思ったら、突然そんなことを言い出した。
走らせていたペンを止め、名前を呼ばれ、緊張が走った身体を名前に向ける。


「俺、本気で隊長を辞めようと思うんだ」
「なッ!?」


それは前々から考えていたことだった。
元々隊長なんて地位に就きたくなかったのだが、白ひげに言われ、仕方なく「隊長」と名乗っていた。
しかし仕事はしたくない。隊長らしく隊員と親睦を深めたりするのも興味がない。
それでも今まで隊長でいられたのは、隊員達が優しかったのと、名前が強かったからだ。


「何言ってんだい!そんなこと「父様もようやく認めてくれたよ」


真剣に自分の気持ちを白ひげに伝えた。
白ひげは渋っていたが、名前の気持ちを優先してくれた。


「でも…いきなり…」
「それに、そろそろ限界だろう?」
「…そ、れは…」


ここ数年のうちに、白ひげ海賊団はさらに家族を増やした。
また古株だったものが脱退したり、死んでしまったりして、名前の性格や強さを知らない仲間が増えた。
だから、何もしない名前を見て、不信感や嫌悪感を抱いている仲間が多々いる。
マルコもそれに気付いていた。ある者には「マルコさんが隊長をしないんですか?」と言われたこともあった。


「……でも俺は…」
「ワガママを言ってすまない。だけど、俺の為に代わってくれないか?」
「代わる…?」
「マルコが一番隊長をしてくれ」


その言葉に、さらに驚く。
しかし、名前の目は真剣で、「継いでほしい」と言った気持ちが視線を通して伝わってきた。


「…なら条件がある」
「なんだ?」
「俺と戦え。譲ってもらうのはイヤだい」
「ああ、構わないよ」


承諾した名前は背中を向ける。マルコもペンを机に置いて、甲板へと向かう。
太陽はまだ完璧に沈んでおらず、たくさんの仲間達が遊んでいた。
比較的仲間がいない場所を選び、足を止める名前。
後ろからついてきたマルコを振り返ると、マルコは首を傾げる。


「ここでいいかい?」
「ああ。言っとくが、少しでも手ェ抜いたら一番隊長なんてしねェよい」
「解った。でも野狐にはならないよ。殺すためにマルコと戦うんじゃないからね」
「解ったよい」


向かいあい、マルコは足を広げて身構える。
目の前の名前はただそこに突っ立っているだけなのに、ピリピリとしたプレッシャーをマルコに与えている。
そんな緊迫な空気を一番に察したのは甲板で遊んでいたサッチ。
近くにいた仲間達に名前とマルコから離れるよう指示を出し、離れた位置で二人を見守ることにした。
すぐに名前とマルコを囲うよう人だかりができあがった。


「どうしたの?こないなら―――」
「―――こっちからいくよ?」


名前は目の前にいるのに、すぐ隣からも声がした。
名前の分身がマルコの横に立ち、マルコは反射的に蹴りを繰り出す。
しかし、ヒラリとかわして伸びた足をかいくぐって懐に入り、腹筋に一発拳を食らわせた。
顔を歪めながらもバック転で名前から離れ、不死鳥へと変わる。
そのまま空へ高く飛び立ち、落ちる速度を利用して名前に襲いかかる。
腕で頭をガードしたが、勢いが強すぎて後ろへと吹っ飛ばされた名前だったが、マルコが再び空へと飛び立っているその横を、天狐に変身して空へと駆け上がっていった。


「空なら勝てると思ったかい?」
「卑怯だろい」
「心にもないこと言うなよ」


名前がマルコを追い抜いた瞬間、顔から人間に戻ってマルコを蹴り落とす。
再び地面へと落ちたマルコだったが、それは名前も一緒で、人間の姿だと重力に逆らえず、素直に落ちている。
先に甲板に落ちたマルコは両足で着地し、空へ…名前へ向かって飛び立つ。


「うらァ!」


掛け声とともに今度はマルコが名前を蹴り飛ばした。
甲板に叩きつけられ、激しい音が轟く。
仲間達が名前の安否を心配したが、名前は人混みを割ってゆっくりマルコに向かってくる。
それなりにケガを負っているものの、大したことはなさそうだった。


「あー…痛かった…」
「なら少しは顔に出せよい」
「マルコは強くなったね。でも……惜しいな。やっぱり俺のせいかな」
「…何言ってんだい?」
「うん、じゃあ終わろうか」


軽くその場でストレッチをして、空を仰ぎながらボソボソと呟く。
全てを聞きとることができなかったマルコは油断してしまい、名前が口から放った狐火に周囲を囲まれてしまった。


「………狐火はただ燃えるだけだろい?」
「よく覚えてたね。でも、他にも言ってなかった?」
「…」
「その火は人を惑わすよ」


名前の言葉のあと、マルコの視界が揺らいだ。
目にうつるのは狐火のみ。ゆらゆらと揺らぎ、その一つが名前へと変身する。


『マルコ、俺やっぱり隊長続けるよ。まだ若いマルコには任せられない』
「名前?」
『これらは隊長として頑張ろうと思う。だから力を貸してくれる?』
「っ…!勿論だよい!」


どうしていきなり気が変わったことを言いだしたのか、マルコは不思議に思わなかった。
とにかく隊長でいてくれること、これから頑張る。と言われたこと、力を貸してくれ。と言われたことに嬉しくなり、名前に駆け寄るのだが、ゆらりと消えた。


『マルコ、お前がいると邪魔だ。お願いだから一番隊から抜けてくれ』
「…何言ってんだい…?」
『邪魔だって言ってんの。こんな弟、もういらない。父様にも言っとくから』
「名前…じゃねェなテメェ!」


今度は後ろに現れた。
だけど今さっきとは違う台詞に最初は戸惑ったが、すぐに首を振って名前から離れる。
しかし、名前は消えることなくマルコの後ろにまとわりつき、中傷し続けた。


「止めろよい!名前はそんなこと言わねェ!」
『それは本当に俺かい?』
「名前はそこまで酷い人間じゃねェよい!」
『それはお前の勘違いだよ。本当の俺は血を好んでいる。お前の血を啜りたいといつも思っている。飢えているんだ。なァ、マルコ…』


たくさんの名前に囲まれ、身動きが取れなくなったマルコに、一人の名前が口を耳元に寄せた。
口角をあげながら酷く優しい口調で、でも聞いたことのないような低い声で囁いた。


『お前を殺したい』
「ッああああ!」


全身泡立ったマルコが名前を振り払って蹴り飛ばした。
すると、視界はいつものモビー・ディック号の甲板をうつす。
乱れた呼吸を整え、今の状況を確認するも、名前の姿はどこにもいなかった。


「いたた…。ちょっとやりすぎちゃった…」
「大丈夫か、名前?」
「ありがとう、サッチ」


いつもの感情が入っていないような声が耳に届き、振り返ると、サッチの手を借りて起き上がっている名前が視界に入った。
目が合うと「ごめんね」と謝られ、先ほどの名前は幻だったとようやく気がついた。
安堵の息をもらし、疲れたように座りこむと、名前も隣に腰を下ろす。


「……俺の負けだい」
「え、なんで?今のは俺の負けでしょ」
「は?」
「だって蹴り食らったし」


痛かったと腰を擦る。
二人の隣にサッチも座って、どうしてこうなったら聞くと、名前が簡潔に説明してくれた。


「でも今の蹴りは見事だったよな」
「だろ?ほら、やっぱりマルコの勝ちだって」
「……」
「名前ー、マルコ納得してねェぞ」
「あー…。でもマルコ、本当に強いよ?俺疲れたもん」


ケガを負っていないマルコと、ケガを負った名前。
誰もが一目瞭然するはずなのだが、マルコは黙ったままで喋ろうとしない。


「能力なしだったらきっと負けてた。これは本当」
「………解った」
「ん」


よしよし。とマルコを撫で、立ち上がる名前。
後頭部につけていた狐面で顔を隠し、マルコとサッチから二三歩離れて、振り返る。
不可解な行動に二人がハテナマークを飛ばしていると、仮面の下で笑った気がした。


「少しの間お別れだ」
「…は?」
「……」
「父様から了承も得た。俺は一旦この船を降りる」
「なに…?」
「何言ってんだよい!」
「コンコン!俺がいつまでもここにいたらマルコ達は成長しない。父様を支えるのは俺一人じゃ無理だ。だから強くなってくれ!」


初めて聞いた、名前の感情の入った声。
狐面をずらし、ニィと歯を出して笑う名前に駆け寄る二人だったが、名前が消えていなくなるほうが早かった。
あと少しで名前を掴まえることができたのに、マルコの手は空を掴むことしかできなかった。
消えた場所に立ちつくし、呆然とする二人。
遠くで狐の遠吠えが聞こえ、「名前が消えた」んだとようやく実感した。


「名前ーッ!」


マルコがいくら彼を呼ぶも、名前は長い時間彼らの前に現れることはなかった。



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