兄が変わった 名前が酔っぱらってしまった。 「マルコくんは可愛いね。もっとお兄ちゃんに甘えなよ」 「っ…!さ、触んなよい…」 酒瓶を持ったまま、隣に座っているマルコに執拗に絡み続けること一時間。 顔はいつもと変わらず無表情なのだが、名前の口からは優しい言葉ばかりかけられ、マルコは嬉しいのやら恥ずかしいのやらでずっと固まったまま。 途中、名前と長年付き合っている二番隊隊長が酔っぱらった名前を見て「珍しい」と呟いた。 彼は今まで酔っぱらったことがないという。それなのに何故今日は酔っぱらったんだろうか。 原因を考えようとするも、 「マルコ、いつもありがとうね。ほら、頭撫でてあげる」 「止めろって言ってんだろい!」 名前が絡んできてゆっくり考えることができなかった。 「可愛い可愛い俺の弟。本当は甘えたいのに恥ずかしいから甘えられないんだよね。でも父様に甘えて、俺には甘えないなんて寂しいよ」 「……だ、…お前…」 白ひげには素直に自分の感情を出すことができる。 頭を撫でられると素直に嬉しいし、褒められるとまた頑張ろうと思う。 白ひげは自分を「息子だ」と言ってくれ、愛してくれる。だから素直になれる。 しかし、それが名前となると話は変わる。 名前は好きだが、まだ自分達に無関心だ。 甘えて、拒否をされたらどうしよう。と怯えてしまう。だから素直になれない。 「名前が…、解らないから…」 「俺が?」 「お前自分のことを話さないだろい。…俺らのことも知ろうとしないし…」 「あー…、口ごもるマルコ可愛いな」 「っそうやって真面目に俺の話を聞かないとこも嫌いだい!」 カッ!と顔に熱が集まり、立ち上がってその場から逃げようとしたが、名前に手を掴まれてしまった。 「うん、ごめん。何も考えてないからそうやってマルコを傷つけてたんだ。ごめんね?」 「……」 「そうか、マルコは俺のことを知りたいのか。でも語れるほど大した人生送ってないしなー」 「…いつもは何考えてんだい」 「いつも?あー…天気のこととか、ご飯のこととか、あとは何だろうなー…」 お酒を飲みながら考える名前だったが、酔っぱらっているせいで思考がスムーズに働かない。 それでも、マルコの質問に一生懸命答えようとする名前を見て、マルコは静かに腰を下ろした。 「お酒のこととか、書類面倒くせェとか、あー…他に…他に…」 「もういいよい」 「…マルコちゃん、呆れちゃった?」 「とっくの昔から呆れてるよい」 「コンコン。そうだったね。じゃあ今度はマルコのことを聞かせておくれよ」 「俺はいいよい」 「え、何で。マルコのこと知ってほしいんでしょ?」 「俺はいいんだよい!」 「んー……じゃあちょっとだけ俺のこと話すね」 こいこい。と手招きされ、名前が指定する場所は名前の胸の前。 そこへ行けばきっと抱き締められる。想像するだけで恥ずかしくなり、耳まで熱くなったマルコは首を左右に振った。 だけど、名前が手を広げて「おいで」と言うと、グッと唇を噛み、戸惑う足取りで名前に近づく。 手を引かれ、そのままの勢いで正面から抱きしめられた。 「何すんだよい!」 「俺ね、マルコ達が来てから変わったよ。少しずつだけど昔に戻っていってる」 抵抗するマルコを力で抑え、背中に腕を回してギュッ!と逃げないよう抱きしめた。 優しく、ゆっくりとした口調で自分のことを話始める。 名前の狩衣からは微かに石鹸の香りがした。この匂いは前に、名前のベッドでも匂った。 「仕事はしたくないし、これからもしないけど、他人と…家族と一緒にいるのが凄く心地いいよ」 「名前…」 「きっとこれはマルコ達が教えてくれたんだね。凄いなァ、マルコ達は」 「…」 「でもまだすぐには元に戻れない。だから、マルコ達の力を貸してほしい。もっと俺に甘えて?」 力を弱め、マルコを自分から引き離して笑顔を向けた。 名前の笑った顔はいつ以来だろうか。あの日、名前の野狐姿を初めて見た日以来だ。 「お、…おう…」 「コンコン、明日から楽しみだな」 そう言うと立ち上がり、マルコから離れてイゾウの元へと向かう。 先ほどと同じことを言っているのか、イゾウが珍しく目を見開き、驚いている。 しかし、そのあと顔を若干抑えながら、困ったように笑う。 そこへ騒いでいたサッチもやってきて、名前と会話をすると、サッチは二人以上に解りやすく嬉しそうに笑って名前に思い切り抱きついた。 「あのバカッ!」 今の名前では元気いっぱいのサッチを受け止めることができず、二人揃って後ろへと倒れた。 予感していたマルコはすぐに二人に駆け寄り、顔をのぞくも、二人とも幸せそうな顔で意識を失っている。 「……サッチむかつくよい」 「奇遇だな、俺もそう思った」 イゾウと一緒にサッチを引き離し、何発か殴る。 意識を取り戻したサッチは、何故自分が殴られているのか解らず、イゾウと口ケンカを始め、今日の宴会は大乱闘へと変わった。 「…でも、お兄ちゃんだなんて絶対ェ呼ばねェ」 乱闘している横で、気絶している名前を介抱しながら、マルコは誰にも聞こえない声で呟いた。 ( ← | → ) ▽ topへ |