狐のお兄ちゃん | ナノ

兄が泣いた日

その日のモビー・ディック号は火が消えたような静かさだった。
白ひげが涙を流す前には、一人の仲間だったものが、息をすることなく、ただ静かに眠っていた。
そんな彼を見て、鼻をすするものや、声をあげて泣くものがいた。


「…」


それでも表情が変わらないのが名前。
ただ黙って仲間…一番隊隊員を見下ろしている。
彼はまだ若かった。マルコ達が入団するちょっと前に入団した、可愛い弟。
その弟が先ほどの戦いで命を落としてしまった。
もっと自分が強ければ。もっと自分が戦況を把握できていれば。もっと普段から真面目にしておけば―――。
もっともっとと過去の自分を責めるが彼が目を覚ますことはない。


「隊長!何で未来視てくれなかったんスか!」


一人の隊員が名前と彼の間に立ち、涙を大量に流しながら名前の胸倉を掴んだ。
泣いている彼は、死んだ彼の親友で、彼の目の前で敵に殺されてしまった。


「何でッ…!あんたが未来を視てればこいつは死なずにすんだんだ!」
「おい、止めろよい」


胸倉を掴まれても抵抗はしない。彼は正しいことを言っている。
激しく揺さぶる彼を見兼ね、マルコが仲裁に入ったが、吹き飛ばされてしまった。
すぐに起き上がって再度仲裁をしようとしたが、名前が手のひらをむけて首を横に振る。


「なんとか言ったらどうなんスか!」
「……お前の言う通りだと思う。俺が彼の未来を視てれば、きっとこんなことにはならなかった」
「じゃあ何で…!何でだよ!」
「……」
「ッあんたのせいだ!こいつが死んだのも全部あんたが「おい!それぐらいで止めねェか!」


拳を握りしめ、名前を殴ろうとする彼を見て、名前は受け入れるように目を瞑った。
しかし、白ひげの怒声に彼は拳をおさめ、名前から手を離す。


「名前のせいじゃねェだろうが」
「でもオヤジッ!」
「これ以上こいつの目の前で醜い兄弟ケンカすんじゃねェよ、アホンダラが。安心して逝けねェだろうが」


そう言って白ひげが冷たくなった彼の頭を撫でると、仲間達がまた声に出して泣き始めた。
それでも名前は変わらず、ただ黙って死んでしまった弟を見つめていた。





「ここにいたのかい」
「……」


白ひげの手によって海へ還った仲間を全員で見送り、その日の夜は彼の為の宴会が行われた。
どこもかしこも騒ぎ、踊り、泣き、笑っているのだが、名前だけは一人離れて夜を過ごしている。
そこへ、姿を見せない名前が気になったマルコがやって来た。
盃も持たず、ぼーっと海面を見つめている名前の隣に立ち、顔を覗く。
悲しんでいるようにも見える。いつもと変わらないようにも見える。


「……俺は、あんたのせいじゃないと思うよい」
「…」
「でも…、何で未来を視ないんだい?」


マルコの質問に、海面から視線をあげ、マルコを黙って見つめる。
今日の名前は見たことのない目をしていた。黒く、淀んでいる。


「一人の未来を変えると、全てが変わるからだよ。昔…ある人を救って、その変わりに村を一つ消してしまったことがある。だから無闇に未来は変えられない」
「でも…」
「マルコ、俺はもう疲れたよ」


今まで何度も何度も、親しい友や知り合い、大事な人が死んでいったのを一人で見続けてきた。
見送りすぎて「死」というものに慣れてしまった自分が酷く憎い。だって涙すら流れない。
でも慣れてしまったのはきっと、自我を保つためなんだと思う。感情を押し殺し、「なんでもなかった」フリをする。そうしてここまで生きてきた。だってそんなの辛すぎるじゃないか。


「だから他人と関わりたくないんだ」


仲良くなればなるほど、こういった別れがきたとき苦しくなる。
自分を守るためなら、相手にどう思われたっていい。嫌われたって苦じゃない。死ぬほうが辛いんだ。


「…それで…、無関心だったのかよい…」
「だってもう疲れた。これが長年生きてきた俺の「対処」だ」


死んだ彼は自分に懐いてくれた。
仕事をしない自分に呆れつつも、いつも声をかけてくれる優しい弟だった。


「ほら…」


喋り続ける名前から、涙が一筋流れ落ちた。
表情は変わらない。無表情のままなのに、涙が溢れ、頬を伝って服を濡らす。


「やっぱり関わるべきじゃない。苦しい」
「………間違ってるとは言わねェ…。でも、…賛同はできない」


名前が初めて泣く姿を直視できないマルコが、俯いたまま喋り出す。
手も口も震えているが、これだけはどうしても伝えたい。


「俺は死ぬなら笑って死にたい。そして笑って見送りたいとも思ってる」


できるなら誰も死んでほしくない。オヤジだってずっと生き続けてほしい。
だけど人はいずれ死ぬ。想像するだけで涙が出てくるが、それは仕方のないことだ。
なら、「楽しかったよい」と言って死にたい。たくさんの楽しい思い出を胸に抱いて海へ還りたい。
死ぬときまで寂しいなんてイヤだ。


「名前の苦しみは理解できねェけど…。俺は、オヤジや名前やサッチ達と楽しく過ごした日々を胸に抱いて、笑って死にたい!胸張って言えるような人生を送りたい!」
「…マルコ」
「だから、また最初に戻らねェでくれよい…。せっかく楽しい思い出が増えてんのにこんなのイヤだいっ…。……兄貴なら弟の幸せ奪うなよい!」


名前より泣きだしたマルコだったが、涙を拭うことなく力強い視線を名前に向け、言いきった。


「…なら兄貴のお願い聞いておくれ」
「…おう」
「殺されないでくれ」
「俺は殺されない。お前に「悲しい」って感情を思い出せない為にも、俺がオヤジを…皆を守る」


袖で目をこすり、袋に入れて持ち歩いていたあるものを取り出す。
それに見覚えのある名前は、少し目を見開き、マルコを見た。


「マルコ…。お前…」
「悪魔の実。海に嫌われるけど、オヤジやお前を守れるなら…強くなれるなら食う」
「だけど何の実か「強くなれるんなら何でもいいんだよい!」


名前が止める間もなく、悪魔の実にかぶりついた。
一口、二口と噛み、喉に通すと口元をおさえて、その場に崩れ落ちる。
あまりの不味さに吐き出そうとしたが、耐えた。


「大丈夫かい?」
「不味い…」
「ああ、最高に不味い。……変化はあったかい?」
「解んねェ…」
「困ったな…。とりあえず父様の元へ行くぞ」


宴会の中心にいる白ひげの元へと向かい、マルコが悪魔の実を食べたことを告げると、仲間達もシーンと静まり返った。
サッチとイゾウは驚いた顔でマルコを触るが、変化は現れない。


「まァ時期に気がつくだろうよ」
「そうだな」
「マルコ、後悔しても遅いぞ」
「後悔なんてしてねェよい。これで俺が家族を守るんだい」
「……そうか、お前はいい子だな」


困ったように笑って、マルコの頭を撫でる白ひげ。
仲間達も勇気あるマルコを褒め、今夜の宴会ははいつも以上に盛りあがったのだった。



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