兄の部屋 「(寝れねェ…)」 一番隊が寝る大広間はいつでもうるさい。 朝だろうが昼だろうが夜だろうが真夜中だろうが、とにかくうるさい。 マルコは布団に潜り込んで耳を抑え、無理やり眠ろうとしたのだが、笑い声が脳内まで響いて寝れそうになかった。 文句を言ってもいいのだが、きっと数秒しかもたないだろう。 諦めたマルコがもそりと起き上がり、床に寝転んでいる仲間達をまたいで大広間を出て行く。 「ハァ…」 「コンコン、マルコじゃないか。何してんだい?」 「ああ、あんたかい…」 大広間を出て、扉に寄りかかって目をこすると、名前を呼ばれた。 気だるい声色を出すのはこの船では名前のみ。 だから自分も気だるい感じで名前を見上げると、やっぱり無表情で自分を見ていた。 「おねしょかい?」 「違ェよい!うるさくて寝れねェだけだい」 「おやおや、うちの坊主は繊細さんだねェ」 「バカにしてんのかい」 「バカにしてはないよ。でも寝不足はよくないな。うん、あれは辛い」 「あんた年がら年中寝てばっかだろうが…」 「そうだ、俺の部屋においで。きっとゆっくり寝れるよ」 「…でも隊長の部屋には…」 「マルコにはいつも迷惑かけてるからね」 「そんなこと…」と謙遜しそうになって、止めた。確かにこの人に迷惑かけられている。 面倒な仕事も、面倒じゃない仕事も押し付けられているのだから、これぐらいのワガママはいいだろう。 「じゃあ案内してくれよい」 「コンコン。マルコは素直で助かるよ。おいで」 先を歩き出す名前のあとをついて行く。 「(そう言えば…、名前の部屋ってどこにあるんだ?)」 隊長の部屋には隊員は滅多に入らないので、どこに部屋があるのか知らない。 きっと解りにくい場所にあると思っていたのだが、名前の部屋は大広間の近くにあった。 しかもこの部屋の前を何度か横切ったことがある。 「知らなかったよい…」 「いつも通ってるのに気がつかなかったんだね。無関心はよくないよ」 「テメェにだけは言われたくねェよい」 「コンコン」 扉を開け、一歩中へと踏み入る。 普通、部屋に入るとその持ち主の匂いがするというが、名前の部屋からは廊下と同じ匂いしかしない。 家具もベッドしか置かれておらず、床に本や小物が少しだけ散らかっている程度。 殺風景すぎる部屋にマルコが名前を見上げると、小首を傾げられた。 「どうかした?」 「何もねェ…」 「ああ、寝ることにしか興味ないからね」 マルコの背中を押して、部屋に入れる。 すぐに扉を閉め、床に置いてあったランプに息を吹きかけると火が灯った。 「火も扱えるのかい?」 「狐火だよ。燃える程度で攻撃には使えない」 「へー…」 「それと、それはあまり見ないほうがいいよ。人を惑わすからね」 ベッドの上に乱雑に乗っていた布団を正し、腰かける。 どこに座っていいか解らないマルコに、隣をポンポンと叩くと、恐る恐るといった感じでマルコも座った。 「って、男同士で寝るのはイヤだよな。俺床で寝るからマルコはベッド使いな」 「何でだよい。ここはお前の部屋だろい」 「いーのいーの。俺どこでも寝れるし」 そう言って狐面をはずし、天井に投げる。 すると狐面は枕へと変わって、床へと落ちた。 「……」 「ああ、大きさが近いものだったら化かすことができるんだ。便利だろ」 「だから家具置かねェのかい…」 「いや。次の隊長に譲るとき、部屋にたくさん家具があったら邪魔だろ?」 名前が床に寝ころび、自分も横になると思ったが、やはりただの隊員である自分がベッドで寝るのは居心地悪い。 何度も「お前がベッドで寝ろ」と言うも、彼はもう起き上がるのが面倒になって絶対に動こうとしなかった。 諦めてベッドに横になると、名前の匂いが微かにした。 「なんでそんなに隊長降りてェんだよい」 「あー…面倒だから。今すぐにでも降りたいんだけど、父様が許してくれないんだよね」 「もし降りるとしたら次の一番隊長は誰がなるんだい」 言葉に出すことは決してしないが、できるならずっと名前に一番隊長をしてほしいとマルコは思った。 隊長としては尊敬できないが、名前についていきたいとは思う。 ダメなところは隊員達がフォローすればいいとも思う。 何より、他の仲間が一番隊長をするなんて想像できない。名前しか認めない。 「あー…。頼れる奴だな。真面目で、器用で面倒見がよくて賢い子。その子が俺より強くなったら変わろうと思ってる」 「(その子?)お前より強い奴はいねェだろい」 「いるよ。俺は最強じゃないからね。父様は最強だけど。さあもう寝よう。明日も早いぞー」 「どうせ起きねェくせに…」 「おお、さすがマルコ。俺のこと解ってるじゃん」 「それよりやっぱりベッドで寝ろよい。居心地悪ィよい…」 「真面目だねェ…。じゃあ一緒に寝るか」 「そ、それはやだよい…」 「じゃあ狐になってやるから」 「…………それなら一緒に寝てやらねェこともない」 「マルコは俺様だなー。じゃあ…」 起き上がって狐に変身し、マルコの横へと飛び乗る。 二つの尾を揺らし、口でシーツをくわえ、マルコの身体にかけてあげると「ガキ扱いすんじゃねェ!」と怒られてしまい、名前は笑って丸まった。 「おやすみマルコ」 次の日。 疲労も寝不足も回復したマルコは、名前に聞こえない声でちゃんとお礼を言った。 「マルコのそういうツンツンしてるところ、好きだよ」 「うるせェよい!」 ( ← | → ) ▽ topへ |