狐のお兄ちゃん | ナノ

兄の有効活用

「隊長、ちょっと聞いて下さいよォ!」
「…あー…?」
「…」


今日の一番隊はお休み。
とは言っても、一番隊長である名前は毎日お休みなのだが。
休みの日のマルコは普段落ちついて読めない難しい本を広げ、ゆっくり時間をかけて読んでいく。
一番隊の大広間や食堂は仲間達が騒がしいので、名前を探して名前の隣に腰を落ち着かせていた。
何故か名前はいつも静かなところにしかない。
他人と極力関わろうとしないために身に付けた技なのかは解らないが、便利なので一緒に過ごしている。
そこへやって来たのは一番隊の隊員。
泣きそうな顔で名前を叩き起こし、「どうした?」と聞いてもないのにベラベラと喋り始める。


「今さっき好きな子に振られちゃったんです!俺高価なもんとかプレゼントしたのに…ッ。酷すぎですよね!男の純情をもてあそんでるんです!」
「あー、うん、そうだね…。ふわァ…眠い…」
「付き合ってくれないならあげたもの返して下さい!って言ったら何て言ったと思います!?」
「さあ…」
「「売っちゃった」って言われたんですぅ!もう鬼ですよあの子ー!」
「そーだねェ」
「こうなったらイヤでもあの女落としてやるっ…!」
「うん、頑張れー」
「じゃあちょっと行ってきます!今まで優しくしてたから調子乗ってたんですよ、きっと!今度はガンガンに攻めてやる!」
「はいはい」


名前が軽く手を振ると、隊員は頭を下げて走り出した。
その流れを見ていたマルコは少し不思議そうな顔をして、名前を見る。
名前は既に夢の中へと旅立っており、だらしなく涎を甲板に垂らしていた。


「何だってんだい…?」


それが最初の疑問だった。
その日、珍しく名前と一緒に一日を過ごしたマルコは同じような体験を何度かした。
その日だけではなく、次の日も、さらには次の日も…。
よくよく名前を観察すれば一日一回は相談、または愚痴を聞かされているではないか。


「ビスタ、ちょっといいかい?」
「どうかしたか?」


何故ダメ人間である名前に相談したり、愚痴をこぼしたりするのか考えたマルコだったが、答えは出てこなかった。
隣に座って一緒に夕食を食べていたビスタに話しかけると、サッチとの会話を止めてマルコを振り返る。
ビスタはマルコとサッチより少し先に入団しているので、マルコ達よりは名前のことを知っているはず。
疑問に思っていることをビスタに話すと、サッチも「あ、俺も気になってた」と便乗する。


「あいつじゃなくても頼りになる隊長はたくさんいるだろい?」
「二番隊隊長なんかすっげェ真面目じゃん!ビスタんとこの隊長も、イゾウんとこの隊長も。よりによってダメ隊長に相談するなんておっかしい話しだよなァ!」


サッチが笑いながら視線を後ろへ向けると、盛り上がっている集団の中で一人静かに食事をしている名前がいた。


「俺には理解できねェよい…」


確かに名前が強いことは認めている。だけど、隊長としては尊敬できない。
朝のミーティングには未だに参加しないし、掃除だって、買い出しだって、見張りだってしようとしない。
ちゃんとしろよい。と思うことも多々ある。
それなのに何故彼が隊長の座についているのか理解できない。
全ての不満や疑問をビスタに話すと、


「はっはっは。マルコとサッチは名前が好きだな」
「何でそうなんだよ!」
「ビスタ、蹴っていいかい?」
「まァ落ちつけよ。そうだな、あれが名前だからだろ」
「は?ビスター、もっと解りやすく説明しろよ」
「そのままだ。あれが名前で、何もしない人間だと思うと全てに対して諦めがつくだろう?」
「「あー…」」


なるほど。と声に出さず納得して、止めていた食事を再開する。
マルコが名前にまた視線を向けると、隊員達と何かを話している様子。
とは言っても、隊員が一方的に名前に話しかけ、名前は相槌を打っているだけ。


「…愚痴をあいつに吐きたいとは思わねェよい」
「いや、名前ほど適した奴はいねェだろ。一番はオヤジだけどな」
「オヤジは当たり前だ!でもあいつ適当だぞ?」
「それがいいんだ。愚痴ってもんはとにかく吐き出したいもので、途中で口を挟まれたらイヤにならないか?否定されると余計イライラするしな。でも名前は否定しない。勿論、肯定もしないし、上の空だけど、「聞いて」くれる。ただ聞いてくれればいい。聞こえは悪いし、名前の扱いも酷いものだが、名前が気にしてないから喋り続ける。だからスッキリするって隊長が言ってたぞ」


ビスタの言葉に、またマルコとサッチが「あー」と声をもらす。
名前の隣にいた隊員はいつの間にかいなくなっており、嫌いな食べ物を仲間のお皿に移動させ、食堂を後にした。


「初めてあいつが役に立つところを見たよい」
「マルコマルコ、それはさすがに言いすぎだって」
「そうだぞ。あんなのでも名前は強いだろ」
「ただの戦闘員だったら尊敬はしてたかもな」


呆れた表情を浮かべるマルコだったが、新しい名前の一面を知って少しだけ嬉しくなった。



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