その時、前に座るクラスメイトがペンを落とした。

『え!?嘘でしょ!?やめてよ!やだ!』

ペンは彼の右側後方に着地し、静かに転がる。わざわざ後ろを振り向いて拾う位置ではないが、見られる確率は高い。

『やだやだやた!!』

必死に膝を閉じたり、ローヴを下ろそうと力むが全然びくともせず、下半身は静かに固まったままだ。

「おっと、」

クラスメイトが椅子を引き、ペンの位置を確認して下を向くが、分からないようでキョロキョロと床を見ている。角度的に机の足と重なるように落ちている為、彼からは分かりにくいらしい。
仁のお喋りは続いているのに、まともに会話が出来ない。
もし、彼がこちらを向いたら...下着を穿かずに大きく脚を開いている姿を見てしまったら...

「あれ?」
『お願い、こっち見ないで! 』

やばい、視線がこちらに向く……!

「あ、あった」

向……かなかった。
クラスメイトはすぐにペンを見つけて拾うと、真っ直ぐに前を向いて座り直した。

『寿命が縮んだ…』

良かった。一先ずもう安心だ。そろそろ次の授業が始まるし、みんな正しく席につくだろう。後ろを向いてお喋りをする生徒なんてこのSクラスにはいないはずだ。
咲弥はどっと吹き出した背中の汗を感じながら、胸をなで下ろし、そろそろ授業始まるよ、と仁にぎこち無い笑顔を見せる。

「あ、そうだね。机戻そうか…あっ、」
「!!」

仁が自身の机に手をかけたその時、今度は机上にあった彼の消しゴムが床に落ちたのだ。しかもよりによって、咲弥の足元に。
最悪な展開だ。

『今度こそ見られる…!!』
「ちょっと失礼…」

悪いね、なんて片手を上げながら仁は体の向きを変え、形のいい頭を机の下に潜り込ませようとしたその刹那…

−バッ!
物凄い勢いで左手が下がり、ローヴが膝まで滑り降りた。

「っと、取れた。あれ、皇って結構内股なんだな。意外なんだけど」
「あ、う、うん、たまには、ね…ハハ」

額や背中に汗が浮かび、全身がぐっしょりと濡れたような感覚になる。間一髪で見られずに済んだことに心底ホッとするが、心臓のドキドキはなかなかおさまらずにいて苦しいし、勢い良く閉じられてぶつかった膝と膝が痛い。
しかも、一番最悪なのは、

『え、勃っ……』

こんな状況で勃起しているということだ。

***

天空万里。その存在はメディアに発表される前から知っていた。
それぞれの属性の王と、将来を約束された優秀な魔法使い達が全世界からバチカンに集められた。教皇庁の地下で開かれたその秘密会議に、咲弥と仁も参加したのだ。
そこで発表されたのは、全ての属性を持つ万里の存在。

今まで有り得なかった。一人の人間が複数の属性を持つことなど無かったので、集まった者達は恐怖と歓喜が混ざりあった悲鳴を上げた。
それはそうだ、属性は所謂ジャンケンのように相性がある。水属性は火属性に強いように、火属性は木属性に強い。木は風、風は土、土は雷、雷は水…というように、それぞれに弱点もあれば、強みがある。闇と光はお互いがお互いの弱点であり強みだ。
このバランスがあるからこそ、お互いを監視でき、一つの属性が単独で飛び抜けて強いというのが無いのだ。でも、天空万里はそうではない、彼は全てを持っているのだから。

神だと感動する者も居れば、恐ろしいことになると恐怖する者もいて、会議はパニックになった。
だが、法王から万里の画像付きデータを渡されながら「力はまだまだ微弱で雛鳥のようなもの。これから私達で教育をしていき、正しい道へ進ませれば人類の偉大なる一歩になるだろう」の言葉で落ち着きを取り戻した。画像の万里を見て"黒い"と思ったからだろう。魔法使いは白ければ白いほど魔法力が強い。
万里は全属性を持つ素晴らしい魔法使いだが、まだまだ使い物にはならないくらいの魔力と言うことは、何か人類に危険を及ぶようなことは出来ないし、出来たとしても簡単に裁けるということ。
そして日本人ということもあり、万里を教育するのはラシガン学園と決定された。