「何処が分からないの?」
「これ、何か違う気がして。不自然じゃね?あ、不死鳥じゃん、うわっラッキー」

仁はシャーペンでここ、と指しながらも外を見て「スゲー」と口を開ける。だから「たまに見えるよ」と言いながら笑った。

「え、マジ?俺気付かなかった」
「南野くんの席からだと角度的に見えにくいかも。私の席からだとよく見えるんだ。たまにだけどこの辺飛んでるのを見るよ」
「俺も前に学園内で見たけどさ、ここ広いからもう見れないと思ってたんだよ。校長か誰か飼ってんのかな?」
「大学部の教授とかは?いいなぁ、私も飼ってみたいけど水属性だから相性良くないや」
「アーパスがヤキモチやくぞ」
「あはは、確かに」

なんてお喋りをしながらも、ちゃんと勉強はする。二人でテキストやノートを見比べた。

「あ、南野くん。lessプラス形容詞だから、重要度が下がってるんだよ。だから不自然に思うんじゃない?」
「…じゃあ、ここはnot asの方がいいってこと?」
「そうそうそう!そうなるってことは、こっちのthanも変わるよ」
「ああ、そうだね。……はあ、なるほど。皇に聞いて正解だよ。じゃあ次はこっちなんだけど」

風属性ナンバーワンがこうして咲弥を頼ってくるのは何だか微笑ましくて可愛く思える。
咲弥よりも15センチ高い178センチの仁に対して可愛いは失礼かもしれないけれど、素直に勉強を教わる姿は、こう、萌えるものがあるのだ。
仁の事を密かに慕うファンが多いのも納得だ。

「ああ、じゃあここはmore experienceになるわけね。へー、助かったよ。ありがと」
「いえいえどういたしまして。南野くんは覚えが早いから教えるのが楽だよー。私に聞かなくても自力で解けたんじゃないかな?」
「あー…そうかもしんないけど、今日オレ当たる日だからさ、念のため聞いときたかった。あ、でも彼氏に悪いことしたかもね」
「え?彼氏?」

仁のその言葉に首を傾げる。彼氏?彼氏どころか咲弥には彼女もいないのだが…

「は?今すげー噂になってんじゃん。スーパー特異魔法使い転校生と皇が付き合ってんじゃないかって。今日だってお姫様抱っこで登校したんだろ?オレ、ちらっとだけど見たよ」
「あ!あれは…!!」

あのお姫様抱っこは、無理矢理イかされて足腰に力が入らなかったから仕方なく…なんてことは言えずに、顔を真っ赤にして「ちょっと、仕方なかったのっ」なんて意味不明な返事をした。

「とにかく、私は天空くんとは付き合ってないから!」
「でもさ、ほら」

誰があんな男と付き合うか!怒りで額に青筋を浮かべて否定するが、仁が「ほら」と親指で指差した先には、机に頬杖を付き、トリュフチョコを食べながら笑顔でこちらに手を振る万里の姿が。
それはまるで愛しい恋人相手に愛の合図を送っているかのようで、咲弥は全力で無視をした。

「知らないよ!彼が一方的に私につきまとっているだけさ。私は彼のことなんてなんとも思ってないよ。恋愛感情なんてあるわけがない」
「え、じゃあ天空の片想いなんだ?」
「そんな可愛いものじゃないって。私をからかっているんだ。年の割に小柄で女みたいな見た目してるから、バカにしているんだ」
「え?マジで?天空はそういう系の奴に見えないけどね…」
「外面がいいだけだよ。だってしょっちゅう私を…!?」

ギクリと体が硬直する。
嫌な気分になって、思わず肩を大袈裟に震わせてしまった。

『やだ…』

何故なら、太腿に行儀良く乗せられている左手が、もぞもぞと動き始めたからだ。
勿論それは自分の意思ではなく、万里の魔法によって動かされているということ。
その動きはゆっくりだが正確で、ローヴをくしゃりと握っては引き上げ、握っては引き上げ…と繰り返し、徐々に左足を露出させているのだ。

『嘘、まさかこんな教室で…?』
「皇?どうした?」

キッ!と万里の方を睨むが、彼は素知らぬ顔で相変わらず大好物のチョコレートを食べながら友人達と穏やかに談笑していて、自分の方をまるで見ていない。それなのに左手の動きは止めないのだ。

「ううん、何でもない。とにかく私と天空くんは付き合ってないからね。そういう南野くんはどうなの?同じ風属性の一年生に告白されたって聞いたけど?」

悟られないように平静を保ちながら、机の下で右手で左手を抑えてみる。しかし、鉄の機械にでもなってしまったのかと思うほど、左手は右手の邪魔に負けないくらいの力と正確さでローヴを引き上げる行為をやめない。
なのでローヴの方を下げて見るが、手根部分と太腿でギッチリとローヴを挟んでいるため、下げることは出来なかった。