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「曖昧です。確かに学校の話はした記憶がありますが、内容までは…」
「まあ、そうだな…でもお前はそれを聞いて、ちゃんと相槌を打ってるみたいだぞ。首も手も動いてる」
「はい、だから意識がないって事はないんですよ。映像を見る限り俺は普通ですし。そうなると、魔法が解除されてんのが意味不明なんです」
「………何か怪しい人物がいないか、このデパートのカメラと周辺施設のカメラを調べる必要があるな」
「…そっすね」

やっと、何かが動き始めた。ヒューゴは武者震いをし、自身を落ち着かせようと深く息を吐くと給湯室へ行って湯を沸かした。

「南野くん、俺がこのラシガンに来て、初めてこういった変化に出会ったよ」
「俺が来るまでは本当に何も無かったんすか?」
「無かった。なさ過ぎて部下が別の所に配属になり、俺一人でラシガンを監視する事になった。それくらい平和だったよ」
「この映像も何も無かったらいいんすけどね」
「まあ、そうなんだけどな…」

急須に湯をそそぎ、カップ二つと急須を両方乗せられるほどの大きな手で運ぶと「少し話そう」と、仁を誘った。
仁は素直にパソコンから離れ、応接セットのソファへ腰を下ろす。

「もし、南野の魔法妨害に何か意図があり、尚且俺らの仕事に関わる事柄だとすると、どう言った意味があると思う?」

そう質問をすると、仁は少し考えて口を開く。

「俺らの仕事ってゆーのは謎の施設に関してですか?それとも、ローマから入った情報っすか?」
「施設の方だ」
「施設の方…」

カップに緑茶をそそぎいれ、仁の前に出すと彼は丁寧に両手でそれを持ち、神妙な顔をしながら一口啜る。そしてゆっくりと味を確かめるように息を吐きながら、多分、と言った。

「俺はまだ実際に施設は見てませんが、資料によると二つ共施設内は空っぽの割には人体実験の痕跡は見られた。具体的な実験内容の分かる資料やその他の手掛かりが無い事から、慌ててその施設から離れた訳ではない。それなのに人体実験の痕跡はある…という事は、「実験は成功した。嗅ぎ回られても困らない程の完成度」ということです。そしてそれはメッセージでもあると思います。「どう調べても足掻いてももう遅いぞ」という」

そのとおりだ。あれは挑発とも取れるだろう。

「ああ。そうだな。だから俺達は必死になった。その実験の結果が絶対に大きな波紋となり世界を襲うと思っていたんだ。しかし、施設に関係していそうな事件は何も無かったし、起こらなかった」
「何も、ですか?」
「何も。だ」

ヒューゴも自身のカップに緑茶を注ぎいれる。彼が持つとカップが女性用のヘアカーラーのように小さく見える。緑茶を飲みながら仁を見ると、彼は「そんなまさか」と言った具合に半笑いの表情を作り、ヒューゴの目を見てきた。

「でも、今回の俺への魔法妨害がその施設の実験結果に関わっているとしたら……え、人体実験ですよね?」
「ああ」
「それって、"使える程に充分に育った"ってことじゃないですか?」

おそらく、そういう事なのだろう。
"施設内で創り出された人間が、任務を果たせるほどの出来栄えになった"という事だ。
仁は信じられないというように大きな目を見開いている。ヒューゴも同じ気持ちだ。

「施設を発見して2年後、ローマから情報が入った。ある修道会が裏で何かをしている、それを調査していると。噂によると人体実験だという情報だ。そして重要な手掛かりがラシガンにあるという情報も聞きつけた。だから俺とお前は此処にいる。
そのラシガン近くのデパートでそんな事が起こったんだ。お前クラスの魔法を解除、もしくは妨害したんだぞ?結び付けて考えてもおかしくはないだろ。しかも今年は、特殊な生徒がいる」
「天空ですよね」
「そうだ」
「でも天空の身分はちゃんと裏が取れてます。アイツは普通の生徒です」
「本当にそう思うか?」
「………」

そう思わないだろう?そう訊ねると、仁は真っ白な顔を更に白くしながら固唾を飲み、実は…と続けたのだ。

「ほかにも、気になっている映像があるんです」
「は?」

ゆっくりと立ちあがり、再びパソコンの方へと向かった。

「あまり、信じたくはないのですが…」

そう言いながら開いた動画は、ラシガン内の防犯カメラ−ワシミミズクの映像だ。
瞳がカメラになっているこのフクロウは、定期的に学園内を巡回して撮影している。今映っているのは朝の学生寮のようだ。
日付を確認すると四日前の8時14分。登校して生徒のいないガランとした廊下を軽快に飛ぶ映像で、実に爽快感があるものだ。このワシミミズクの映像をハックするのは、仁が来てから彼の仕事になった。

「…ここです」