∴ 49 「随分と好き勝手にやっているぞこれは」 「ソーなんだヨねー」 「いきなり大勢の人間を操るのはどうなんだ」 「アハハハ、これくらいはイイじゃん」 「防犯カメラは?」 「既に光魔法でダミー映像に切り替えてアルよ。万里は同時にやっていた」 「そうでなければ困るぞ」 次に映ったのは教室。咲弥と仁が机をくっつけ、英語のテキストを広げているが、咲弥の様子がおかしい。 ローヴを捲ってその白い脚を大胆に出しているし、下品に脚を広げてもいる。 そんな映像を見て、浩は大きく溜息を吐いた。 「僕の後ろでこんなセクハラをするのはやめてくれ」 「中々イイ趣味をしてる。セクシーだ」 「万里は皇にこんなことしてるのか?完璧にセクハラだろ。誰か見てたらどうするんだ」 「ボクがイレーネを通して見てイタヨ。刺激的で楽しかったネ」 「バカ言うな」 「まあ確かに、この行動は余計だし、バカそのものサ」 ゆっくりと闇魔法を解除させ、日の出のように明るさを取り戻す室内。イレーネの映写機能も解除されたので、元通りのアレッサンドロの部屋になる。 タバコの灰を落としながらゆっくりと首の骨を鳴らし、浩を見ると彼はまだ納得してはいなさそうだ。 「万里のセクハラ行動が不快?それともデパートの方?」 「どちらかと言うとデパートだ。集団自傷未遂は最初にしてはやり過ぎのように思える」 「デモ未遂だよ」 大袈裟に鼻から息を吐いて両手を広げると、浩に向かって微笑んだ。 「元々こういう"作戦"だったでショ?万里が誤魔化せる範囲内で魔法を使う。でも完璧に魔法を使った痕跡を残すコトは不可能だ。誰が何処で見ているか分カラナイからね。ザプルーダー・フィルムのように誰かに撮影されているかもしれない。それが最初の一歩デショウ?」 ザプルーダー・フィルムとは、大統領暗殺の瞬間を一般人が撮影した映像のことである。 災害時や事故時など、何かしらの"大きな事件"を撮影した映像をザプルーダー・フィルムと呼ぶ時がある。 アレッサンドロ達は"始めの第一歩にこれを期待した"。 「ああ、そうだったな」 「そこからダヨ。ボク達がやっと動けるのは」 アレッサンドロはキザにウィンクをして見せ、肺いっぱいに煙草を吸う。そして何かを考えるように深く吐き出すと、イレーネを呼んで話し始めた。 「ボクらの修道会が完璧に力を奪われてから150年経つネ。それまでも少しずつ権利は奪われてきたし、修道士も減っていった。そして魔法が発見されてからはもう完璧にダメにナッタ。福音書が大幅に改変されこれまでのキリスト教とは違うキリストになってしまったヨ。魔法のせいで。精霊のせいで、ネ。 でも、ヨブ記が本当だったらどうだろう?悪魔が本当にイテ、本当に厄災が起こると思われたらどうだろう?人々はヨブ記を信じるネ。 ははは、そうなったら本来のキリストがまた立ち上がれるサ」 イレーネの頭を撫でると、不死鳥は眠そうに机へと項垂れてゆっくりと瞳を閉じる。それを愛しそうに眺めながら、この伊達男は続ける。 「ボクら組織はヨブ記復活を目指してずっと研究してきたジャナイ。人体実験を繰り返して、まずはボクを創り、浩を創り、そして万里が産まれた。完璧な悪魔となりうる力を獲た万里がやっとデキ上がってくれたんだ。彼には無限に人を操れる力がアル。それは彼にだけだ。ボクとヒロには無い黄金の目を持ってるのは万里だけ。あの子にはその力をふんだんに使ってもらわなくチャァね。役に立ってもらわなくちゃ困るサ」 「嫌味っぽいぞ」 彼の脳裏にあのキラキラと輝く黄金の瞳が浮かび上がる。自分や浩の濁った黄色とは違い、万里のあの悪魔的な程にも美しい黄金だ。 「当たり前サ。ムカつくんだから!だってボクと浩は悪魔のなり損ない!万里だけが悪魔になれたんダカラね!」 そしてそれは、万里の成功を表している。 長年に渡り、ヨブ記復活に必要な力を持つ人間を創ってきた組織が報われたという証拠なのだ。 それが腹立たしい。自分と浩は失敗だとでも言うのか。 「特殊な力があると言うだけで、僕もお前も万里も人間だ。悪魔じゃない」 「デモ万里はサタンの粒子が見える」 「サタンの粒子と言っているが、本当は何なのかは判らない。万里だけに見える特別なもので、それがどう作用されるのかは未知だ。気にするな」 「万里だけに見えるのなら、やっぱり何かがアルんじゃないか」 「どう影響が出るのかは解っていない。彼だけが操縦魔法を持っているんだ、サタンの粒子なんてそれの副作用みたいなものだろう」 浩の淡々とした指摘は心地が良い。だからアレッサンドロはわざと彼に指摘させるような事を言ってしまう。 万里の力は凄いが大したことは無い。彼は悪魔ではない。自分と同じように作られた特別な"人間"なだけだ。そう思えると、アレッサンドロの中にあるコンプレックスが少しずつ鎮まってくれる。 「悪魔がいるのなら今の聖書はひっくり返る。そうすると僕らの修道会に力が戻る。それだけだ。それを万里が上手くやる。上手く出来なかったら僕達がフォローをすればいい」 「尻拭いをするのはやっぱりムカつくネ」 |