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咲弥がアレッサンドロ・マルコーニの部屋から退室した後、新たに別の人間が彼の部屋を訪ねた。

「ベンヴェヌート、ヒロ」
「丁度良い人間を万里は選んだみたいだ」

神室浩はアレッサンドロに挨拶を返すことなく、そう言うとすぐにふかふかのソファへと腰を下ろした。

「そうみたいだね。さっきまで此所にイタヨ。あと、ヒロとも何か話していたデショ?イレーネが映していた」
「ああ、レストランで光魔法についてな。大した話はしていない」

浩は慣れたように寛ぎながら、テーブルを指先でコンコンと叩き、不死鳥を呼ぶ。
すると不死鳥は素直に浩の元へと飛び、膝の上へと鎮座した。
アレッサンドロは咲弥の時とは違い、浩には珈琲を煎れることも隣に座ることもせずに、仕事机へとつくと煙草に火をつけた。
そして同時に、自身の肌の色と瞳の色を変化させる。
白い肌の色は一般的な標準値の白人の肌色になったし、瞳の色はパリジャンブルーではなく、黄色だ。
それを見て浩も同様に変色した。全体的にカフェラテのような優しい色だったのが、髪は真っ黒だし、肌の色もアジア人特有の黄色い肌に。瞳は濁った黄色になり、咲弥のような西洋の美しい人形だったビジュアルが、日本人形のような地味で素朴なビジュアルへと変わったのだ。
この仕組みは、光魔法としか考えられない。

「イレーネはボクよりヒロに懐いてるみたいだ」
「だってお前はヤニ臭いだろ」
「ワァ、酷い」

瞳だけがやたら黄色く変に浮いているアレッサンドロを一瞥すると、漆黒の髪を耳にかけながら浩はイレーネと名付けられている不死鳥を丁寧に撫で付け、自分のペットのように愛でる。アレッサンドロは心の中で「まあいいけどね」なんて強がりながら紫煙を吐いた。

「ねえ、この子僕にくれない?」
「は!?イレーネかい!?いくらしたと思ってるんダ!?特注だよ!?ダメダメ!」
「ケチくさ」

ケチとかそういう話じゃナイヨ!と叫びながらむせるように煙を吐き出し、長い脚を組んでふんぞり返る。そしていやらしい笑みを浮かべながら、舌舐りをした。

「皇咲弥は真面目で信じ込みやすいし、心が単純で繊細だからすぐに万里に飲み込まれたようだヨ。しかも彼は将来王になるような人間だしネ、彼が信じたんなら、自然と周りが信じていくし組織の計画は成功するんじゃないカナ?」
「皇は素直だよ。しかも好かれやすい性格をしているから、顔も広い。そんな人間が信じたとなると、かなり好都合だな」
「万里の人選はあくまで彼のシュミだったけど、割といいカンをしていたネ」

やっぱりノーマルな姿は楽ダヨ。そう言いながら美味そうにタバコを吸うアレッサンドロを見て、浩も「まぁね」と息を吐く。
つまりは彼らのこの姿が"本当の姿"と言うことだ。
髪は真っ黒で、肌も白くない。普通の人間のようなのに、瞳だけが黄色の歪な姿…これで瞳が黄金色だったら、まるで万里のようだ。


「万里の様子は?」
「うーん、相変わらず。好き勝手にやってるヨ。見るかい?」

浩の質問に対し、アレッサンドロは煙草の灰を灰皿へと上品に落とす。
すると、部屋は真っ暗になり闇に包まれた。闇魔法だ。
光魔法はその場の光量を上げたり、色の変化を起こしたりは出来るのだが、元々そこにある光量を減らすことは出来ない。空間を真っ暗にするには闇魔法しかないのだ。
その魔法がかけられた暗黒の部屋の中で、膝の上にいるイレーネがゆっくりと頭を持ち上げるように動いたかと思うと、浩の目の前にスクリーンが浮かび上がり、外の風景が出現した。
イレーネの瞳が映写機となり、空間に映像を出したらしい。

「ここは…大和デパートの屋上か?」
「ソウ。屋外フードコートだよ。今ズームになるさ」

上空から見下ろすように映し出されたデパートの屋上風景。いくつもある四人がけの丸いテーブルやカラフルなパラソルに、広場の中央に噴水が見える。
広場を囲うようにオアシスを連想させる南国の木々がぐるりと起立していて、ピンピンと長い葉を伸ばしている隙間からは、様々な露店が見える。

その屋上の一角がぐっと大きく映し出されると、見慣れた頭が3つ。
稲穂色の美しい長髪と、艶やかな緑の黒髪と、緩やかにウェーブがかかったミルクティのようなお洒落な髪型だ。

「万里と皇と…南野か?」
「正解」

四人がけの白い丸テーブルに、向かい合うように腰をかける咲弥と仁。その間に座るのは万里だ。万里はチョコレートだろうか?黒い物を食べながら仁と談笑している。咲弥は俯きながら飲み物に口をつけているだけで、会話には参加していない。

「ふぅん、」

スクリーンの光に照らされた浩の横顔は、訝しげに唇を結び目を細める。顎に手を当てて厳しい表情をすると、暫くして「おい」とこちらを向いた。