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外は雨が降っていた。
雨なんて咲弥からしたら得意分野だ。彼は雨を綺麗に自分から避けさせる高等魔法を既に修得している。だから傘を持つ必要が無くなった。常に水は自分の味方で、自由にコントロール出来たから。

でも、今はそれが上手く出来ない。容赦なく雨は頭や肩を濡らし、ローヴを汚していく。空に溜まった汚い水が、これでもかと咲弥の体を濡らしていく。水を吸ったローヴはとても重くて、それは久しい体験であった。

『天空くんに会わなきゃ』

自然と足はそちらに向かい、何でもいいから教えてほしいと求めたのだ。
天空万里の部屋の前まで来て、インターフォンを鳴らした。

リンゴーン…

静かに響くチャイムの音。扉一枚を隔てた向こう側で鳴った音なのに、やけに遠くから聞こえる。悪魔の部屋だから人間界とは隔離されているのだろか、なんてぼんやりと考えていると、扉は静かに開いた。

「…...咲弥、どうしたの?」
「私…...」

風呂にでも入っていたのだろうか、頭を濡らして上半身裸の万里が出迎える。同じように咲弥も頭を濡らしているけど全然違った。自分は万里のようにソープの良い香りがしない。

「ずぶ濡れじゃん。お風呂入ろ?風邪引いちゃうよ」
「私は水魔法使いだから、濡れたくらいで風邪は引かない」
「うーん、でも気持ちの問題だよね。いいから体あっためて?」
「ううん…」
「…咲弥、泣いてるの?」

あたたかい手に手を引かれて、部屋へと案内された。アレッサンドロと違って温もりのあるその手に心が少しだけホッとする。変なの、人間のアレッサンドロが冷たくて悪魔の万里があたたかいなんて。

「可哀想、誰かに虐められた?目がいっぱい濡れてるよ?」
「よく、分かんなくて…」

水魔法で体中に付いた水を飛ばしながらも、バスタオルで優しく髪や体を拭かれながら、ソファへと座らされた。充分に水を吸ってぐっしょりと濡れているローヴや下着を脱がされ、丸裸になると新しいバスタオルに包まれ万里に抱きしめられる。「寒くない?」と訊かれて頷くとチョコレートの甘い香りが鼻腔を抜けていき、咲弥は甘えるように額を万里の胸に付けて擦り寄る。

「部屋あったかい?大丈夫?」
「うん…」

抱き締められながらゆっくりと部屋の温度が上がっていくのが分かった。おそらく彼が火魔法の応用でもやって部屋をあたためているのかもしれない。
バスタオル越しに温められるように抱き締めて摩られて、咲弥はゆっくりと目を擦る。

「私は、何を信じればいいの?どうしたらいいの?」
「咲弥は俺だけを信じていればいいよ。言ったよね」
「こ、怖い…」
「怖くないよ。俺は優しいことしかしてないでしょ?咲弥を虐めたり怪我させたりなんてしてないよ。気持ちいいことしかしてない」
「っ、でも、昨日怖かった」
「ごめんね?咲弥がいい子だったらもうしないから安心して」
「…本当?」

顔を上げて確認すると、あの黄金の瞳に自分が映っていた。怪しい光を放つ
その金色に見つめられると、ずっと張り詰めていた緊張の糸が少しずつ緩んでいく。

「教えて…悪魔って何なの」
「いいよ、教えてあげる」

万里の逞しい肩に触れると、バスタオルにくるまった咲弥の体をゆっくりと横抱きし、寝室へと運ばれていく。黒くてチョコレートの香りがするベッドへ下ろされ二人が向き合うように座ると、咲弥の白い左手をそっと誘導されて万里の頬へと着地させた。
しっとりと柔らかくて、人のそれと変わらない。

「よく見て。俺の肌は何色?」
「は、肌色…普通の人の色、」
「うん。顔も、肩も腕も胸も…」

その柔らかくてしっとりとした感触は、肩も腕も胸も同じだ。ペタペタと万里の体の上を触れさせられながら確かめていくと、いけないことをしているみたいで、仄暗くどこか甘い気持ちが芽生えていく。

「腹だって同じ色だよ」
「っ、うん…」

手は更に下降していき、万里の逞しい硬い腹筋をなぞった。初めて触れたその硬さはデコボコと溝が出来ていて、自分のぺらっとした腹とは全く違う。男らしい体だ。
そのまま横にスライドして、脇腹を辿り、スエットのゴム部分へと細い指を入れさせられ、際どい腰骨の硬さを確かめられた。

「あの…」
「勿論、ここから下も一緒」
「…っ…」