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「キャラクターでは違いますカ?では西洋から来た文化?象徴?…オー!アレゴリーが一番近いかもデスね!んー、言葉は難しい」
「比喩的なものって意味ですか?」
「そーデスネェ」

意味深に顎鬚を摩りながらソファに深く座り直すとその長い脚を優雅に組んだ。アレッサンドロは万里程ではないにしろ、なかなかの長身で等身が高い。組まれた脚はスラッと長くて邪魔そうだ。

「皇は悪魔に興味があるんですカ?アナタみたいな人が珍しいですネ」
「興味なかったんですけど、最近はちょっと、」
「ふぅん」
「先生は悪魔の存在を信じていますか?」
「信じていまセン」
『は?』

信じていない−−何故そう言い切ってしまうのだろうか。彼は万里の存在を知らない?ここで万里の名前を出していいものかも判らないので、一先ずアレッサンドロの話を聞こうと決めた。

「それは何故ですか?」
「ハイ、悪魔の文化はキリストです。キリスト教神学では、神に対して反逆をシタ堕天使がサタンと言われています。堕天使と言うことは、元々は天使だったということデス。では、咲弥クン。逆に天使は居ると思いますカ?」

予想もしなかった質問をされてしまい、咲弥は首を傾げながらも言葉を選びながら考える。悪魔はいるが、天使は見たことがない。

「天使が居るかどうかは判りません。でも、魔力を高めて人から王になった方々を見ると、天使や神のような存在に思えてきます。神聖的で清やかで、人間だったと思えません。天使がいるのなら王のような人達かなと思います」

魔力を高めとうとう王になった者達は、本当に美しい。雪のように白く清らかで、不純物に塗れた人間とは全然違うのだ。

「それはヒトじゃなければ無いほど、美しければ美しいほど、天使のようだと言いたい?」
「普通の人より美しくて清やかな女優さんやモデルさん、アイドルを見て人々は「天使だ」って褒めますよね。私もそういった普通の人よりも美しい人を見て天使と言いたくなる気持ちは解ります。現に、同じクラスで風属性の南野くんは、天使のように美しいです」
「スィニョール皇も美しいですヨ」

いや、自分はどうでもいいです。とは言えずに笑顔で受け流して珈琲を一口飲んだ。緊張しているせいか、いまいち味が分からなくて黒い熱い液体をただ体に入れただけに思えた。
アレッサンドロは「美味しいでしょ?」と言っているような微笑みを浮かべながら続ける。

「では、天使と褒められている人のイメージはどんなイメージですカ?最近のヒトだと、女優の橋本カナさんが天使のようだと言われていマスね?」

アレッサンドロも咲弥も分かるように芸能人の名前を挙げられた。芸能人で例えるのならイメージしやすいし伝えやすい。

「そうですね…その女優さんですと、美人なのは勿論ですが、清潔感があって優しくて、不道徳なことをしていない印象です。スキャンダルもないみたいですし、人に知られて恥じるような人生では無さそうかなと」

あくまで咲弥の主観的な意見であるが、それを聞いてこの伊達男は同意見だと言うように大きく頷く。

「それでは小悪魔系アイドルと言われている大島陽菜さんはどうですか?何故彼女は小悪魔と言われていると思いますカ?」
「小悪魔と言われる理由は…その、大島さんはスタイルが良くて、グラビアのお仕事や写真集を沢山出しているからとか…」

今度は小悪魔だ。清純派の橋本という女優とは逆に、セクシーで男心を掻き立てるようなアイドルの大島は、胸が大きくそれを売りにしている。
何故小悪魔と言われているのかだなんて、その体を見ればすぐ分かるじゃないかと思うが、咲弥は口ごもりながらも正直に言った。

「男を誘惑するようなお仕事を多くしているから、小悪魔ですカ?」
「なんか、そんなイメージです」
「つまりは男の"煩悩"を刺激するからですネ?」

すると、アレッサンドロの青い瞳が揺れるように怪しく光り、その瞳に咲弥を映した瞬間、彼は舞台俳優のように立ち上がり部屋の奥へと歩き始めた。

「神学では、人間を"誘惑"して"堕落"させ、カトリック教会を滅ぼそうとするものが悪魔と言ワレた。カトリックの驚異となる存在が悪魔デス」

長い脚を数歩進めるだけですぐに仕事机へと着き、その後ろにある大きな出窓を開ける。すると外から炎の羽を扇ぎながら大きな鳥が入ってきた。あの不死鳥だ。
学園内で散々見てきた不死鳥が、部屋に飛び込んできたのである。咲弥は驚いて目を丸くさせるが、アレッサンドロは気にしていないようでその不死鳥の背中を撫でながらキスをして、自身の肩に座らせた。そして彼は出窓に寄りかかり、笑みを浮かべたまま咲弥を見つめる。

「そうなると、羽があってバットマンのように全身が黒く、牙の生えた山羊のような獣のみをデーモンやサタンと呼ばなくてもイイのですネ。美しく淫らな女性が、枢機卿を誑かして惑わせれば、その女性も立派な悪魔デス。お坊さんの悟りへの道を邪魔するエッチな女性や、そういう女性を斡旋するヒトを悪魔と言ってもイイのデス。
天使という言葉はほかのヒトよりも美しく清らかであればある程その言葉の威力を発揮します。では悪魔は一般的なヒトよりもイヤらしくてずる賢くて意地悪なヒト程その言葉が似合いマス。さて、世間的に天使のように美しい人と悪魔のようなイヤらしい人、どちらの人間が多いと思いますか?」