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「へー、何買ったんだ?」

仁のその質問に咲弥は「買い物じゃない。絶対付いてきたんだ」と思ったが、万里は素知らぬ顔をしてとぼける。

「買い物っていうか、ここのチョコレートケーキ食べに来たんだよ。ほら、あそこの店でパティシエの堀内さんとコラボ、なんて看板載せてるじゃない?それが目当て。そしたら南野と咲弥がいるからビックリしてさ」

何か買ったの?なんて紙袋の中を覗き込んでくるし、その白々しさに嫌気がするが、仁はそう思っていないようで、「じゃあ一緒しようぜ」なんて誘ったのだ。

「は!?ちょっと、南野くん!?」
「何だよ別にいいだろ。皇はいい加減天空と仲直りしろって」
「だから、ケンカしてるわけじゃないよ!」

そう言っても万里は遠慮なんてしない。「ありがとー」なんて呑気に例を言いながら、図々しく空いている椅子に自分の通学鞄を置いて買いに行ってしまった。
万里の本性を知らないから仕方ないとは言え、嫌がっているのだから誘わなくてもいいじゃないか、と仁を恨む。
だが、あの状況で誘わない方が不自然なのは確かで、いくら仁を恨んでもどうしようもないのだ。その事に更に腹立たしくなった。


全身真っ黒のチョコレートケーキを持って帰ってきた万里は、咲弥よりも仁と仲良くお喋りをしていた。咲弥が率先して受け答えをしているわけではないので、万里の話し相手は必然的に仁になる。

「天空さ、今日教室いなかったけど、 ずっと火属性科にいたの?長くね?」
「そんな訳ないよ。全属性の科をたらい回しにされちゃってさ。課題のプリントやらされてて…さっき終わったんだよね。すっっごい疲れたー」
「うげぇ…全属性かよ…皇との扱いの差がヤバイな」
「え?咲弥はどんなペナルティ食らったの?」

こういう普通の会話を自分といる時にもしてほしい、何で二人の時はセクハラ発言ばかりなんだ!そんな怒りを押し殺しながら「論文の感想文」とだけ返すと、万里は大袈裟に「えー!?」と叫んだ。

「うっそ!?それだけ!?感想文ってどれくらいの量!?」
「それは指定されなかったけど」
「はぁ!?何この差ー!?」

贔屓だ!なんて芝居ったらしく嘆く万里に対し、仁は笑いながら「しょうがねぇよー」と言う。

「だって天空って全属性魔法使いでも、その他の教科クソじゃん。Sクラスにいるくせにテスト赤点だっただろ?そんな奴が一日サボったらそうなるって」
「言わないでよ。この前まで普通のガッコー行ってたんだからそこ考慮してってば。南野って結構言う奴なんだなー」
「アハハハ!悪い悪い」
「アレだよ?校長に南野がイジメたって言うよ?」
「やめろよーお前が言うとマジシャレになんねぇって」
「分かってるよ、嘘だよ」

チョコレートケーキにフォークを刺しながら苦笑している姿は普通の高校生だ。軽口を叩いて友人と笑い合い、ふざけているのを見て、ますます万里の事が解らなくなってくる。
何でそういう風にコミュニケーションがとれるのに、あんな事をするのだろう…咲弥に対しては最初から性的なことをしてきた。段階を踏まずに突然魔法をかけて裸にしてきて…その後もずっと弄ばれている。
この見た目だし、こうして普通に接してくれたら彼を好きになって恋人同士になれていたかもしれないのに。それに始めは万里に好意的だったんだから。

でも万里には段階なんて無かった。飛び越えての接触だったし、こうして咲弥に好かれていなくても気にならないみたいだ。
今も美味しそうにケーキを食べている。
やはり彼が悪魔だから?人間ではないからなのか?だから、人の気持ちなど気にならないと言うのだろうか。

『南野くんとはこんなに普通に接しているのに…』

そんな目で彼を見た瞬間、その黄金の瞳がキラリと光ったように見えた。


「でもさ、調子乗ってると南野を厄災に巻き込むからね」

刹那、予想もしなかった宣誓。

『は!?』

何言っているんだ!?驚いて万里と仁二人を見ると、万里は余裕があるように微笑んでいて、仁は無表情。それは無表情にもなる、厄災なんて意味の分からないことを言われたら。

「俺のことあまりバカにしないでね?何も知らないならさ、余計な事は言わない方がいいよ?」
「ちょ、天空くん!?」
「大丈夫だよ咲弥」

余計な事を言っているのはどっちだと血相を変えて万里を見ると、万里は微笑んだままだ。だから仁を見たが、彼も無表情のまま。

『無表情のまま…?』

口を閉じて、テーブルの真ん中を見ている。ぼーっとしていると言うか、目を開けて寝ているような表情で、生気がない。