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私みたいな男が来て良い店なのだろうか…なんて緊張しながら仁の後をついて行き、一緒に花瓶を選ぶ。

「アーパスはどんなのがいいって?」
「え、えっと、か、カワイイの?」
「可愛いのでも色々あんだろ。甘い感じとか、ちょっとクールなのとか。因みに女の子はこういう男っぽいデザインも"カワイイ"って言うから」
「うーん、」

黒くてスタイリッシュな花瓶を指し、そう指摘されると余計迷ってしまう。確かに、アーパスはカッコイイ系のクールビューティな女優さんを見ても「カワイイ」なんて言ったりするからだ。

「えー、えーと、うーん、薔薇だから、うーん…」
「薔薇を飾る花瓶ですと、こちらがオススメですよ」

笑顔を絶やさない女性店員が、こちらです、とシンプルな白い花瓶を持ってきた。下半分は丸いシルエットで口部分へ向かって細まっている。
よく見ると同色のストライプ模様が入っており、なかなか凝っていていい感じだ。

これなら他のものも良いデザインがありそうだ、と思うのだが、女性向けの店に入るのは初めてだし、こうして接客されるのも初めてなせいか、もう咲弥はいっぱいいっぱいで、ローヴの下は汗びっしょり。

『ああもうこれでいいや!』

早く店に出たいので、それでいいですと必死に首を縦に振って会計へと行った。

「こちら4200円の商品なのですが、今はカップル割引キャンペーンをしておりますので、20パーセント引きで3360円になりますね」
「……え、カップル…?」



デパートの屋上にあるフードコートで、咲弥はアイスティーを。仁はアイスカフェラテを飲みながら体を涼めていた。と言うか、咲弥が慣れない買い物をしたせいで緊張して汗をかいたから、というのが理由なのだが…。
風魔法のバリアが張られている屋上は、適度に涼しくて気持ちが良い。屋根が無いのでこの晴天を十分堪能出来るし、とてもリラックス出来る空間なのだが、今の咲弥はそんな気分にはなれないのだ。

それは、仁が先ほどからずっと片手で口を覆い隠し、笑い声を上げぬように必死に耐えているのが腹立たしいから。雑貨店での店員とのやり取りがそんなに可笑しかったと言うのだろうか。

「クッ、ふ、クククッ…マジやべぇ、カップルって…」
「いい加減笑い過ぎだからね!」
「だ、だってさ、俺が彼氏で、皇が彼女だろ?……プハッ、ハハハ!」
「もー!だから、煩いってば!」
「ああもういいじゃん。安く買えたんだし」
「よ、良くないよ!詐欺だよ!」
「じゃあ男って言えばよかっただろ?」
「それは…凄く、言いにくかった…」
「まあねー、店員さん信じきってたもんなぁ…ハ、フハハ!」

花瓶を買った雑貨店では、カップル割引というものをしていたらしく、咲弥と仁がその割引対象客だと勘違いされたらしい。
あまりに女性店員の目が「カップルでしょう?」と言っていたので、咲弥は否定出来ずに頷いてしまい、余計に汗をかいたのだ。
おかげで背中がびっしょりと濡れてしまい気持ちが悪い。

体の熱を引かせるように冷たい飲み物を流し込みながら仁を睨むと、仁は笑いながらもごめんごめんと謝る。
そして、

「皇は俺じゃなくて天空と付き合ってるもんなぁ」
「はい!?」

なんて言うなんとも不本意なお言葉付き。

「いや、隠さなくていいって。ケンカしてんだろ?だから天空、俺に薔薇の花束を皇に渡すように頼んできたんじゃねぇの?」
「違うから!全ッ然付き合ってない!!」
「そうなのか?最近よく一緒に居ねぇ?」
「そ、それは、天空くんが勝手に付き纏ってるだけで…」

しかもいやらしい事をされているとか、彼は悪魔で自分はその悪魔への生贄らしい、とは言えるわけもないし、ひたすら違う違うと言うしかない。
だが仁は信じていないようで、ニヤニヤしたまま「ふーん」と意味深にこちらを見てくる。

「そりゃそうだよな。水属性ナンバーワン高校生と、新種の魔法使いとの交際なんてトップシークレットだし」
「ああもう!だから付き合ってないって!」
「ええ〜?それは酷くないかなぁ?」

すると突然、背後から聞きなれた不快感ある声がした。
深みがあり、クールでカッコ良く少しキザったらしいその声…ああもう確認しなくたって分かる。

「おー、天空じゃん。どうしたの?」
「ん?偶然だよ買い物に来ただけ。咲弥オハヨ。あ、こんにちはかな?今日もキレカワだね」

振り返ると通学鞄を肩から下げて、ニコニコと微笑みながら咲弥を見下ろす万里の姿が。
優しそうに微笑む万里は、仁に向けて「やあ」と片手を上げ、爽やかに挨拶をする。