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子供の頃、ぐちゃぐちゃに絵の具を混ぜた時のことを思い出した。あの時は好きな色を混ぜれば混ぜるほど、綺麗な色になると思っていたのだが、結果、灰色がかった汚い暗い茶色が出来たのだった。
浩は咲弥の言葉を聞いて頷きながら、綺麗にガレットを食べていく。

「うん。絵の具の場合だと、色を集めると最終的に黒になる。白を入れたら薄くなるけど、白を入れなかったら簡単に黒に近付いていくよな。クレヨンもそうだ。何色もの色を重ねて塗ると、どんどん黒色へと近付いていく。
しかし、光の場合は逆に黒ではなく、これが白になる。赤や青や緑、黄色といった色んな色のスポットライトを一点に集中させて照らす…つまりは光の色を混ぜるとその照らされた箇所は白になるんだ。見たことあるだろ?」
「え?……ああ!そうかも!確かに白だね!黒い光になんてならない!」

同じ場所を沢山の色のスポットライトで照らすと、それらの色は照らされた場所で混ざり合い、白い明るい光になるのだ。
完璧な黒の光なんて見たことは無いし存在しない。

「太陽の光は無数の色を持っていて、その色を地球に届けている。太陽光は無数の色の光が混ざっているから白い。と思ってもらっていい。
そして物体に色の波長を跳ね返させ、その色を見せている。
林檎が赤く見えるのは赤い波長の光を跳ね返し、そのほかの色の波長を吸収しているから。葉が緑に見えるのは緑色の波長の光を跳ね返しているからだ」

光には波長があり、その波長の中にある可視光線という範囲がある。可視光線は人の目に見える光のことだ。この可視光線の波長より短い波長・長い波長は人の目には見えない。
可視光線内で波長の短い側から順に、紫・青紫・青・青緑・緑・黄緑・黄・橙・赤と色が決まっている。
夕焼けが赤く見えるのは、波長の長い可視光線が地球に届けられているからだ。
因みに雲が白く見えるのは、雲という細かい水の粒の集合体の中で、無数の光が水の粒にぶつかり乱反射を起こしている為、色んな色の波長が混ざりあっている状態になる。様々な色の光が混ざり合うと白になるので、雲は白い色をしているということだ。

「そうなんだ。じゃあ、このテーブルクロスがブルーに見えるのも、青色に見える光の波長を跳ね返しているから?」

目の前にあるテーブルを覆っているロイヤルブルーのクロスを指さすと、浩はうんうんと頷いた。

「そういうこと。つまり光属性はそういう色の操作が出来る。見て」

そして"見て"と言った瞬間、テーブルクロスの色が変化した。

「わ!黄色になった!」

高級感溢れるロイヤルブルーが、向日葵のような鮮やかな黄色に変わったのだ。咲弥は驚いてテーブルから離れるように体を跳ねさせる。

「こういう風に、波長をコントロールして色を変えられる魔法が使えるのが光魔法。僕ら光魔法使いはこの光をコントロールして完璧に操るのが目標。
これはとても応用が効く魔法だから、映画界やドラマ、祭にショーにかなり光魔法が使われている。色を操れるのだから、そこに無い物をあたかも存在するように見せられるからだ。祭でドラゴンを空に飛ばしたり、映画で荒れた都市を作ったり、とか。光属性は人に幻想世界を見せられる魔法かもしれない」
「じゃあ、私が見た手が透けて煤が見えたのも…」
「光魔法で見せたイリュージョンかもしれない。でも、そんな高度な魔法が使えるのは、相当凄い魔法使いだけ。僕もまだそんな魔法は使えない」
「え?」

浩は咲弥と同じように稲穂色の髪をしていて、黒目から相当色素が抜けたレグホーン色の瞳をしている。肌の色だってそこそこ白い。魔法使いの間では、色が抜けていれば抜けているほど、その人の魔法力が高いという判断基準があるのだが、そんな浩でも使えない魔法なのか…

「僕はまだ、単純に物の色を変化させる魔法しか出来ない。空間に別の物質が現れたように表現する事は出来ない。しかも手が透けたんだよな?という事は、手の向こう側の空間を見せたようにその手に魔法を掛けたということだよ。これの起源は大昔に流行った技法だ。科学だけで物体に映像を映した技術・プロジェクションマッピングというものなのだが、聞いたことあるか?」
「え、わ、わかんない」
「そうか。専門外だからな、仕方ない。プロジェクションマッピングは、建造物や人、あるいは空間に映像を映してあたかもそこに存在しているかのように錯覚させるエンターテインメント。今の光魔法で行われているマジックプリズムの原点だ。だが、魔法が無かった時代の技術だからやはり映像は粗くて不自然。スクリーン役となっている物体の凹凸は丸わかりだし、その凹凸のせいで正面からでないと鮮明に映像を楽しめなかった、如何にも作り物というチャチなシロモノだった。だが、今は魔法があるからそんな障害は簡単にクリア出来る。
皇もフェスティバルの時よく見るだろ?スカイツリーが全く別物に変身されるマジックプリズムを。去年は戦国武将の物語をやっていたな。あれを企業がやるには、巨大なマジック装置が必要だ。……ここまで話して分かるよな?皇にその魔法を見せたのは、光魔法使いで間違いない」
「そ、それが、ちょっと判らなくて…」

光魔法だけではない、全属性なのだから。

「光魔法使い以外では考えられない。マジックプリズムを一般人や他属性の人間が使うには、それなりの装置が必要になる。しかもそれはまだコンパクト化はされてはいない。制約もあるし、使用も難しいから簡単にマジックプリズムを起こせない。皇、手で目を覆われた時は、手は開いていなかったよな?指と指はぴたりと揃えられていただろう?」
「勿論だよ。指の間が空いていたら意味がないよ」
「その状態で、向こう側が透けて見えたのか…関節のシワや手相も見えなかったか?」
「う、うん。見えていないよ…」