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神室浩(かむろひろ)。咲弥の前の席に座っている光属性の魔法使いで、身長は咲弥よりも少し高い程度。全体的にカフェオレのような薄く優しい色をしている。
髪型も女子のようなボブヘアだし、ローヴタイプの制服を着ているから遠目から見ると咲弥同様、女子に見える。しかし顔は狐のようにツンとした美人で、クールな男だが無愛想ということはなく"ムロヒロ"なんて愛称で親しまれている。咲弥も彼の事をそう呼ぶような間柄だ。

浩は「話が長くなるから」と言って咲弥をランチに誘い、静かなレストランに一緒に向かった。たまに万里に拉致されてセクハラをされる昼休みだが、今日はそのようなことが無かったのでホッとしている。
学園の中でも比較的外れの方にあり、森と隣接しているそのレストランのテラス席が浩のお気に入りのようで、二人でランチを注文した。咲弥はフレッシュトマトとバジルのパスタ。浩はサーモンとアボカドのガレットだ。

「ムロヒロくんはいつも此処で昼休みを過ごしているの?私は水の神殿にある高台で過ごしているから、このレストランには初めて来たよ。白亜っぽい壁や柱で、まるでギリシャ神殿みたいで美しいね」

自然光が入りやすい大きな窓や、白で統一され植物の彫刻が施されたラグジュアリー感溢れるデザインの柱はとても優美で、見ていて飽きない。しかも上品な客しかいないのか、空いているわけではないのに静かだ。
美しいものが好きな咲弥はこんなところがあるのか、と素直に感動した。

「ここは少し値は張るが静かだし綺麗だから気に入ってる。まあ毎日は来られないけどな」

浩はクールな性格をしていてあまり表情を崩さない。無表情なのか笑っているのか怒っているのか微妙なラインの顔をしておりよく判らない。でも今は不機嫌ではないのだろう。

「え、じゃあ今回は気を使ってもらったのかな…ごめんね、ありがとう」
「気にするな。と言うか、水の神殿の高台は何も無いだろ?何しに行っているんだ?」
「一人でお昼ご飯を食べにだよ。いつも自家製スムージーを持って行くんだ。高台は静かで誰も来ないから過ごしやすくていいよ」
「は、マジ?スムージーって野菜のシェイクだろ?それがメシになるのか」
「よく驚かれるけど割といけるよ。夜はちゃんと食べるしね。去年の夏休みに山梨の木花咲耶姫神殿で、一週間飲まず食わずで修行をしたんだ。修行後はお粥とかスムージーとかで胃を回復させていったんだけど、その時にスムージーにハマったんだよね。それからはよく作るようになったよ」
「はあ?一週間飲まず食わず?何すんだよ?」
「朝から晩まで水の中で祈りの舞を捧げるんだよ」
「死ぬだろそれ。そんなんするか?…全国一位は違うな」
「光属性はそういう修行ないの?」
「あることはあるが…僕はやらないね」

そんな世間話しをしながら運ばれてきた料理を食べる。そして話題は本題へと入った。

「皇にその煤?を見せた人物については教えてくれないのか?」
「……ごめん、考えがまとまったら教える、ということにしてほしいんだ」
「まあいいけど。手で目を覆われたのに、その手が透けて空間に浮かぶ黒い煤を見せられたんだよな?そしてその煤は手で覆われた時にしか見えない。意味不明だ…」
「うん、意味分かんないと思うけど…」
「テクがおかしい。手が透ける…?」

浩には万里のことを伏せて話した。勿論悪魔のこともヨブ記のこともだ。そのせいか変な情報だけになってしまい、その情報だけで光属性の浩の意見を聞くのは心苦しいのだが仕方がない。
申し訳なさそうに浩を見つめると、彼は少し考える素振りを見せながら話し始めた。

「問題は煤じゃない、手が透けることだ。黒い煤だけなら、土魔法で実際に黒い煤のような土を操ることも出来るし、闇魔法だったらその空間に煤が現れたような闇を生み出すことも出来る。ああ、風魔法で実際に煤を飛ばしてきたのかもしれないな。でも、手を透けさせてその向こう側を見せることは土も闇も風にも出来ない。出来るとしたら光魔法だよ」
「…そうなの?」
「ああ、まずは…基本から話す」

美しい所作でナイフもフォークを動かし、浩は器用にも食事をしながら会話を続けた。

「光の中には無数の色がある」
「無数の色?」
「目に見える全ての色が光の中に"有る"んだよ」
「ああ、可視光線というものだっけ。前に少しだけ習ったね 」
「それ。太陽の光は白い。地域や時間帯によって色は変わるか、昼間に太陽を見ると白く輝いているだろ?」

ほら、と顎をしゃくって太陽の方を指す浩にならい、真上に輝くそれを見る。少し黄色っぽい感じもするが、確かにほぼ白色だ。

「確かにそうだね。イラストで描くと何故かオレンジや赤で描いてしまうけど、地球から見える太陽はほとんど白い光だよね」
「それは沢山の色が集合しているから」
「色が集合している?」

色が集合している、とはどういう意味だろうか?そう反応する咲弥を予想していたのだろう、浩は丁寧に教えてくれる。

「皇、赤や青や黄色、緑や茶色…と、沢山の絵の具を混ぜて行くと、混ぜた色はどうなる?」
「えっと、普通は濁った汚い茶色になって、色を増やして混ぜれば混ぜるほど黒になっていくよ」