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「ええ!?どうしたの、咲弥の方から俺の部屋に迎えに来てくれるなんて!とうとう俺と登校したくなっちゃった?」
「バカバカ変態!サイテー!変態!」
「は!?え、いきなり何!?」

支度途中だったのだろうか、まだループタイを締めず、シャツのボタンが途中までしかとめられていない格好で玄関扉を開けた万里は、驚きながらも嬉しそうな顔をして出迎える。
その顔を見て更にムカついた咲弥は開口一番に怒鳴り付け、万里の胸をドンドン叩いた。

「天空くん本当サイテー!マジ死ね!嫌い!一生許さないから!」
「えー!?もうなになに!?俺何かした?まだ今日は何もしてないよ?…ああもうっ、一生懸命パンチしても、そんなもやしパンチ効かないから。可愛いだけだからね。いいから入って、騒ぐとみんなが心配するでしょ」
「煩い!君が悪いんだ!」

腕を掴んできたものだからやめろ離せとジタバタさせるが、万里はその抵抗を苦笑一つで済ませ、そのまま簡単に咲弥を部屋へと通す。
自分の非力さが憎らしい…
扉を閉めて鍵までしっかり掛ける間、ずっと万里にパンチをしていたが、彼ははいはいと受け流していた。

「だからどうしたの?俺が何したの?」
「しらばっくれるなよ!しっ、し、しただろ!サイテーなこと!」
「えー?何ー?昨日の夜、咲弥のパンツ使ってオナニーしたこと?」
「は!?そんなことしたの!?バカじゃないの!?本当バカ!」
「え?それじゃないの?じゃあ本当に解んないんだけど…」
「解んないわけないじゃん!魔法使ったくせに!あ、あんなことして…!」
「あんなこと?……どんなこと?」
「言われなくても解るでしょ!な、なんで私があんな恥ずかしいこと、言わなきゃいけないんだよっ…!」
「恥ずかしいこと?」

いつまでも不思議そうな顔をしてシラを切る万里を見て、今度は彼の足を蹴っ飛ばした。踵で殴るように彼の脛を蹴ると、もやしパンチとは違い今度は効いたようで「痛い痛い!」と足踏みをする。
だから今までのお返しだ!というように力一杯渾身の一撃を食らわせると、掴まれたままの腕を引っ張られ、リビングにあるソファに座らされた。

「いいから落ち着いて!」

先ほどよりも服が乱れてぐったりした万里はそう言うと、キッチンへと入りすぐに戻ってくる。
手にはジュースの入ったグラスを持って。

「咲弥はフレッシュなモノ好きでしょ?それ、色んな柑橘系のフルーツを搾った100パーセントジュースだから美味しいよ。飲んで落ち着いてよ」

そしてそれを咲弥に握らせた。冷たい感触が両手に広がっていく。

「ジュースで私の怒りはおさまらないよ!」
「解ってるよ。でも何で怒ってるのか落ち着いて話してほしいんだって。それ美味しいから咲弥気に入るよ」
「何これどうしたのさ」
「アレク先生から貰ったんだよ。先生は何かのパーティー行ったらお土産に貰ったとか言ってたよ。ダイジョーブだって、俺が搾って作った手作りジュースじゃないからさ。パッケージ見る?」
「別にいい。じゃあ貰う」

正直、こういう飲み物は好きだったりする。
特に100パーセントで高そうなドリンクは大好物だ。自分じゃ滅多に買わないし、買おうと思っても「今度でいいかな」と先送りにしてしまう絶妙な値段のせいで、なかなか飲む機会が少ない。
しかもあまり嗅いだことのない、芳醇で濃厚な…馥郁たる香りがする。こんなの絶対高いやつじゃないか。
美味しくて体に良さそうなものへの欲は制御出来ない単純な人間。それが皇咲弥なのだ。

「ンッ」

万里からというのが何だか悔しいが、飲まないのは勿体無い。ここは男らしくグビッと飲むと、なんとも言えない美味しさが口の中に広がった。

『おおっ?』

爽やかな香りがスッと鼻を抜けて行き、グレープフルーツなのだろうか、柑橘系独特の苦味もあれば、それを緩和するような優しい甘みもあり、その苦味と甘みが絶妙にマッチしている。

『美味しい…』

濃厚でトロりとしていて、舌の上をつぶつぶとした果肉が転がるのもいい。正に100パーセントといった感じで健康的だ。そして冷たさが喉を通り抜けて行ったかと思うと、次の瞬間にはポカポカとした心地良いあたたかさが広がって行く。
爽やかで清涼感あるジュースは何度も飲んできたが、胸の奥の方からじんわりと熱が広がっていくのは初めてだ。

『うわ、なんだこれ。すっごい美味しいんだけど』

冷たいのにあたたかい。そして奥深く濃厚なのに爽やかな味わい…

『も、もう少し飲みたい…』

一気に飲んでしまったから、次は味わって飲みたい、なんて口の中に涎を溜めながら万里の方を見てしまう。文句を言ってやるつもりで来たのに、今はその前にもう暫くそのジュースを味わいたいなんて思ってしまった。