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「魔法が発見されたのが今から150年前の2220年。発見者は脳科学の研究者、ベンジャミン・コナー氏。当時のコナー氏は人間のシックスセンスや超能力といった分野に興味を持ち、その研究に明け暮れていた矢先に、今まで発見されていなかった電磁波を見つけた。その電磁波が精霊のものだっだ。
そして翌年、コナー氏は精霊との対話に成功し、その年から爆発的に魔法が流行り、科学と魔法が融合された世界が出来上がった。
ここまでは授業で話しましたよね?」
「はい」
「対話と言うと意思疎通が出来るコミュニケーションであると勘違いされるが、精霊と人間は別の生き物。動物と人間がコミュニケーションをとるような物で、細かい意思疎通なんて出来ない。今の人間だとせいぜい機嫌がいいか悪いかを判断出来る程度で、それ以上のコミュニケーションは無理とされている。それは皇くんが一番よく分かっていますでしょう?」
「勿論です」

精霊と人間は実はそこまで大した意思疎通は出来ていなかったりする。ヒューゴの言う通り、祈りを捧げ、それに対して精霊が気分を害していないか、心地好い気分になっているか感じ取る程度しか出来ない。
その感じ取る力が強ければ強いほど、魔法力は上がるのだ。

「そして精霊が好む場所は、昔からある格式高く歴史の長い神聖な場所だと分かった。京都の知恩院、カンボジアのアンコールワット、ブータンのタクツァン僧院、ドイツのケルン大聖堂、そしてバチカンのサンピエトロ大聖堂など…と、世界各国の寺院や教会に精霊が好んで住みついていたから、その場所が魔法管理の権利を得ることになったわけです。
だから我々は毎日祈りを捧げる習慣が自然と出来上がった。世界それぞれが信仰する神の姿は違うが、神が居る場所・祈りを捧げる場所を精霊が好むと分かれば、必然的にそうなるもの。「あの神が居るから精霊が住みついた」と思うものですしね。150年前は殆どの人間は神に祈るなんてしなかったみたいですよ。今の時代だと信じられません」

精霊が神として崇められる要因はこの場所があるからだろう。今まで人間が神聖な場所として信仰したり観光したり、いつまでも大切に美しくあるようにと守ってきた場所を精霊が好むと分かれば、よりその場所を大切にするし、信仰心が高まる。

「科学で魔力を補い、普通の人間でも魔法を扱えるようになる。そこから魔法適性テストが始まり、機械のような補助機がなくとも魔法が使える人が出てくるようになった。精霊と直接対話出来る人間ってことです。まあ、つまりは我々ですね。
はあ、意思疎通が完璧に出来るといいんですけどね。こちら側が精霊に頼んで、精霊が魔法という形で応えてくれるだけで具体的な会話は出来ない。だからゼウスのような全知全能の神が居るのかも教えてくれないし、いつから精霊達が存在しているのかも教えてくれない。
と言うことは、知らないことの方が遥かに多いという事です。今は八属性の魔法があるが、本当はもっと多いのかもしれない。十かもしれないし、百かもしれない。だから新しい属性の魔法が発見されても何も驚かないし不思議に感じません。現に、天空くんみたいな特殊な人間だって出てきたんですから」
「では、先生はもし悪魔がいたとしても不思議には思いませんか?」
「思いません。精霊がいたんだから悪魔的な存在がいても不自然ではないはずです。但し、"悪魔的"です。昔の人達が考えたサタンやデーモンのような悪魔は存在しないと思います」

その悪魔が本当に居るんです、とは言えなかった。そこまで話す勇気は咲弥には無く、力なく「そうですか」という事しか出来ない。
そんな咲弥を見て、ヒューゴは鼻から息を漏らして苦笑すると、咲弥の顔をじっと見つめる。

「どうしました?悪魔や天使に興味があるんですか?」
「興味があるわけではないんですが、ちょっと…」
「調べたい事があると?」
「そんな感じです」
「珍しいですね。うーん、うちには生憎天使だ悪魔だと昔流行った宗教に関する資料が少ないからなぁ…図書館にもそこまで多くは保管されていないはずですよ。Wikipediaに訊くのじゃ足りないんでしょう?」

顎を摩るヒューゴに咲弥は数回頷いて肩を竦めてみせる。自分でもまだハッキリとどこまで調べたいのかも解っていないからだ。

「はあ、wikiでもいいんですけどね、人の意見が聞きたくて…」
「そうですか、それならマルコーニ先生がいいな。彼のお父上はカメルレンゴを勤めておられる。その道には多少詳しいと思いますよ」
「カメルレンゴの......」

カメルレンゴは法王の秘書ではないか。それなら万里の存在を知っているはずだろう?
マルコーニ先生なら皇くんの相談にも耳を傾けてくれるでしょう。ヒューゴはそう言いながらウィンクすると、胸ポケットに入れているメモ帳にマルコーニの所属科や所在地を走り書きした。

「俺の方から言っておきます」
「ありがとうございます」

咲弥はそのメモを大切にポケットへとしまった。

***

部屋に戻ると、ダイニングテーブルには真っ赤な薔薇の花束が置かれていた。薔薇の数は50近いかもしれない。咲弥の体だと両手で抱えて丁度くらいだろうか。白いシンプルな部屋に真っ赤というのはかなり目に痛く感じた。
アーパスに訊くと仁が届けに来たらしい。その仁が言うには万里に届けるように頼まれたとか。薔薇なんて何のつもりで寄越してきたんだ!
薔薇を受け取ったアーパスに多少腹を立てたが、仁が訪ねて来たのだから仕方がないと肩を落とした。後で仁には謝っておかなくては。

〈こんな大きな花束なんて初めて見たわ。咲弥は植物が嫌いだから花なんて買ってこないものね!ステキ!咲弥、早く飾って!〉
「アーパスはこれ気に入ったの?」
〈勿論よ!〉