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「でも大丈夫だよ」

万里はすっかり青ざめて震えている咲弥を慰めるように、わしゃわしゃと頭を撫でると、明るくニッコリと微笑んだ。

「俺はね、ローマに行って枢機卿と取引をしたんだ」
「取引?」
「そうだよ。試練を単純でうんと軽いモノにしてやる代わりに、皇咲弥を俺にくれってね」
「え……」

意味が解らない。

「咲弥さ、未来を背負う魔法使い達って特集組んだ雑誌に載っただろう?世界中の水属性上位ランクの魔法使い達と一緒に並んでたやつだよ」
「えっと、二月に撮ったやつ?」
「そう、それだよ。たまたまその雑誌を見た俺は、君に一目惚れをしたんだ」

雑誌を見て一目惚れ?何を馬鹿なことを言っているのだろう。

「なに、言って…」
「ああ、酷いなあ。今ちょっと引いたでしょ。そんなに引かないでよマジなんだからさ。
魔法使いって魔力が上がれば上がるほど、人間から遠ざかって行くよね?人それぞれみたいだけど、基本的には始めにニキビが出来なくなって、唇や肌の荒れが無くなっていく。そして肌の色素や目の色素が薄くなり、ムダ毛も少しずつだけど生えなくなるよね?髪の毛だって魔力が高まれば高まるほどどんどん色が抜けていくはず。そして汗もかかなくなって、虫歯だって出来なくなり、風邪も引かなくなる。最後は真っ白になって、人ではなく王になるんだ。こうなったらもう人間は人間ではなく、精霊や神のような存在になってしまうよね。
それに咲弥は近付いている段階。今は人間から少し離れて行っているくらいかな?いや、まだ人間だよね。人間なのに人間とは少し違う、この段階にいる者は大抵歪で美しくないよ。蝶だってそうでしょ?蝶々になっちゃえばキレイだけど、なるまでの過程が醜い。人間だって同じて、その属性の王になるまではちょっと歪で不気味だ。キレイに偏りなく王へ近付く者は少ないんだよ、頭だけ先に真っ白になったり、肌だけ異様に白くなっちゃったり。南野くんは今はカッコイイけど、あの目の色だと彼は目だけが先に真っ白になってエクソシストの映画に出てくる、悪魔に憑かれた少女みたいな怖い目になっちゃうんじゃないかな。人間なのに人間じゃなくて気味が悪い感じがするよね。でも咲弥は違う。バランスが美しすぎて、もう王になっているみたいなんだもん。全てのバランスが均等で、均等に人間ではなくなって行ってる…神々しくて、清らかで…こんなの見たら、欲しくて欲しくてしょうがなくなるじゃないか」
「………」

意味が解らない。怖い。気持ち悪い。万里の瞳孔が矢の先端のように細くなって、周りの金色がメラメラと炎のように揺れている。
悪魔の目だ。

「だから枢機卿に言ったんだよ。俺をラシガンに入れてくれるだけでいいからってさ。そしたらすぐにそうなるように手配してくれて助かったよ」
「じ、じゃあ、バチカンは、天空くんが悪魔だって、知っているの?」
「俺の正体を知ってるのは、カトリックのお偉いさんと咲弥だけだよ」
「………」

法王は知っていた。知っていてあんな白々しく会議を開いたのか。

「あと、どの属性の魔法も俺はフルパワーで使えるし、本当は人を操る能力だって、体だけじゃなくて精神から操れる。でもそれは流石にチート過ぎてつまんないからやらないけどね」
「私が、貴方を拒んだら、世界に厄災が齎されるってこと?」
「んー、そもそも操られてるんだから拒めないでしょ。嫌がっていいよ、どっちにしろ俺のものになるからさ。でも本音言うと、ちゃんと俺のこと好きになってほしいんだけどね」

万里は困ったように眉を下げて笑うと、愛おしそうに咲弥の頬にキスをしてギュッと抱き締めた。そんな仕草が想像していた悪魔とはかけ離れすぎていて、逆に気味が悪い。

世界の明運は、咲弥に委ねられたということになる。

『私は…』

咲弥は万里の胸を押してゆっくりと離れ、そのまま逃げるように空中庭園を出た。