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「ああいやいやそうじゃないよ。ごめんね、言葉が足らなかったね。そうじゃなくて、咲弥達人間がどんなに力を付けて対策しても、俺は物凄い規模の自然災害や病気や大量虐殺は出来るんだよ。今の俺ならアメリカのSF映画ばりに地球滅亡が出来ちゃうんだ。その自然災害への対策とか大量虐殺を行わない倫理観とか、何かそういうのは全く関係ないんだよ」
「………どういうことなの…」

じゃあ、大した被害にならなかったとは、一体なんなんだ。

意味がわからなくて、大きな瞳で万里を見つめると、万里は愛おしそうに咲弥の額にキスをしながら、ゆっくりと話し始めた。

「いいかな、初めはウツ村に住んでいるヨブという一人の青年から始まったよね?ヨブは神への信仰心が厚く、村の誰よりも神を愛し、神に愛されていた。常に神に祈りを捧げていたんだ。でも、それを見たサタンはヨブの信仰心の動機に疑問を持ち、「ヨブが祈るのは神から見返りを求めているからだ。純粋な信仰心ではない。ヨブの財産を全て奪ったら彼は何の躊躇いもなく神を呪うだろう」と指摘をする。そこから神はサタンの挑発に乗り、ヨブから財産や最愛の者を奪うんだ。サタンの試みは、ヨブの無償の信仰及び無償の愛の世界観の否定であり、それを神に突きつけることがサタンの勝利だよ。
財産や最愛の者を奪われたヨブは、それでも無垢な信仰をやめなかった。だからこれは神の勝ちだ。しかし納得のいかないサタンは、今度はヨブに酷い皮膚病を与えるが、それでも再び神が勝つんだ。
人間を試すやり方で神とサタンの勝負を幾度も行ってきた。その度に神が勝利したよ。人間は何が起きても最終的には神を信仰するんだよ。魔女狩りに遭っても、原発が爆発しても、最後は神なんだ。信仰が全てだったんだ。
でもね、ある日を境に、人間の信仰すべく神が別の物へすり変わったんだよ。何だと思う?」
「………科学…?」
「うん、そうだよ。やっぱり咲弥は頭がいいんだね。嬉しいなぁ。
科学が人の全てになったんだ。だって便利だよね、洗濯をする時は洗濯板を使わなくていいし、移動には馬に乗らなくていい。連絡をとるのに手紙じゃなくていいし、時間を調べるのに影の傾きを頼らなくて良いんだ。人間の生活はどんどん便利になっていくしとてもエコになっていく。医療も発達して生存率がグンと上がった。全て科学の力のお陰だよ。科学が無ければ、ここまで人は成長出来なかったんだからね。そうなると、信仰心を持つ人間はほんの一部だけになってしまったんだ。キリスト・カトリックやヒンドゥー教やイスラム教、一部の仏教かな。それくらいしか残らなかったんだよ」
「……人々がみんな、信仰心がある事が前提な上で、その神への祈りは「利益を求めた不純なものか否か」を試す争いをしていたけれど、神を信じなくなった人間が増えたから、その争いをする意味が無くなったってこと?」

神とサタンは、人間の信仰心は純粋か否かで争っていた。だから人が信仰していることが前提だったのだ。
しかし、その心は無くなり、一部の人間以外は誰も信仰しなくなってしまったので、その信仰心は純粋か否か試す以前の問題になってしまった。だから両者の下らない争いゲームがされることが無かった。

「凄いね!本当そのままだよ!人が神よりも科学を信じるようになったから、暫くの間はその下らない争いは行われなかったんだ。やっても殆ど意味が無かったからね。だから俺はのんびりと大人しくしていたんだよ」

列車事故はダイナミックなものであり、当時は世界に衝撃を走らせたが、人類全員が震え上がる程の厄災では無かった。それは神を信じる者が居なかった為、大きな厄災にならずに終わったということだ。
………そうなると、それでは、"今"は?

「でも今から150年前、神などの神秘的な存在を信じる人口が爆発的に増えた。何故だか解るよね?」

タイミングを見計らうかのように放たれたセリフが、咲弥の胸にこれでもかと突き刺さる。
嗚呼、そうだ。今は科学だけではないのだ。科学だけの時代は150年前に終わったから。
手足が冷たくなっていく。嫌な予感が止まらない。

「…ま、魔法が、発見されたから…」

声が震えた。

「魔法の発見は絶大な効果だよ。だって、人々は魔法を得たことによって、精霊と交流を持つことになったし、文明がより発展して豊かになった。あの数百年が何だったのかと思わせるくらい神への愛が深くなった。今では信仰心80パーセント以上なんじゃないかな。そうなると、神とサタンが黙っているわけがないよね。とうとう俺に仕事が与えられたんだよ」
「あっ…」

だから、「咲弥達人間がどんなに力を付けて対策しても、俺は物凄い規模の自然災害や病気や大量虐殺は出来るんだよ。今の俺ならアメリカのSF映画ばりに地球滅亡が出来ちゃうんだ。その自然災害への対策とか大量虐殺を行わない倫理観とか、何かそういうのは全く関係ないんだよ」なんて言ったんだ。彼が行う厄災は、信仰している人間が多ければ多いほど効力を発揮するんだ。幾ら対策をしても関係ない。全世界の人間が精霊を崇拝しているイコール神の可能性を信じている今だから、物凄い力を発揮する…
それなら、また神を信じることをやめれば……

『出来ない…』

そう、そんなことはもう出来ない。魔法を使い、精霊をこの目で見てきたのに、今更存在を信じないことなんて無理だ。祈る事はやめられるかもしれないが、存在を否定するなんてもう有り得ない。

「じゃあ、私達は、これから試練を受けるのか…この信仰率だ、今度の厄災は500年以上続いた魔女狩り以上のものになるんじゃないか…」
「うーん、まあやる気を出せばそうなるかもなぁ」
「そんな…」