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「そう、正解。流石だね。ちゃんと学校で習ったことをよく覚えてる。そうだよ、僕は人に試練を与える為に生まれた、サタンの使いだよ」
「………」

否定はしてくれなかった。あっさりと認められた。

信じられない。だって、今をいつだと思っているのだ。ヨブ記なんて、そんなことはおかしい…
咲弥の唇から見る見る間に血の気が引いていき、真っ白になっていく。目の周りも貧血を起こした時のように真っ白だ。

「まさか、そんなヨブ記だなんて…この時代で有り得ない。起こりえないはずだよ」
「うーん、そうだよね。魔女狩り、ペスト、ホロコースト、チェルノブイリ、広島原爆…過去の試練と比べると、最近の規模はドンドン小さくなっていっているし、最近は厄災らしい厄災は起こしていないからなぁ…」
「え、ちょっと待って。何それ、起こしてないって…今言ったことを天空くんがしていたの?ペストとか、ホロコーストとか…」
「え?そうだけど…」

背筋が一気に冷えていくのを感じた。魔女狩り、ペスト、ホロコースト…全て歴史の授業で習った事柄だ。まさか、それら全てがヨブへの試練だったというのか。

「そんな…歴史に残るような事を、したっていうの…」
「勿論だよ。それが俺の仕事だからね。神から許された仕事だ、ちゃんと働かなくちゃ意味が無いよ」
「………大昔にあった関東大震災も、あれも、もしかして貴方がやった厄災なの?」
「関東大震災?ああ、まああれもそうだよ。魔女狩りの時に比べると一瞬のことだったけどね。あとはラック・メガンティック鉄道事故かな。あれは小さなものだったけど、まあ、あれも、一応厄災かな?」
「………」

自然災害や事故まで起こせるのか…あまりの規模に咲弥の顔はドンドン青くなっていった。
それでも万里からは全て聞かなければならないと思った。

「そんなの、し、信じられない。ヨブの試練が貴方だなんて、信じ難いよ」
「うーん、まあそうだよねえ」
「私をバカにしているの…」
「え!?バカになんてしてないよ!それは絶対にないから!有り得ない!」
「だって、そんな事を言って…」

本当なら証拠を見せてもらわないと信用出来ない。というか、嘘であってほしい。嘘である証拠がほしい。
そんな思いで万里に信じられないと言うと、彼は少し考える素振りを見せ、うーんと首を捻った。

「咲弥は水属性だから、見ようと思えばこの空気中の水蒸気の流れを見ることが出来るよね?風属性の魔法使いだって風の動きを見れるし、木属性の魔法使いは土の中に張られた根がどれくらい伸びているのかが分かるでしょ?」
「ああ、それは可能だけど」
「多分その水蒸気を見るような感覚で、俺は世界中に蔓延しているサタンの粒子を見ることが出来るんだ。いい?こんな感じだよ?」

突然、万里の大きな手が目元を覆ったかと思うと、何故かその手は透けて前が見えるようになった。そして彼の透明な手を通して見た空中庭園には、何やら煤のような黒いモヤが上の方に浮かんでいる。
そして万里が空いている方の手で、その煤を払うように仰ぐと、それは手の動きに合わせて移動して行った。

「見えた?あれがサタンの粒子だよ。あれを集めて一定量を越えさせると、厄災が起こるんだ。どんな厄災かは俺にも解らないけれど、俺はアレをコントロールして集めて、厄災を起こし、人間達に試練を与えるのが仕事なんだよ」
「…見えた、あの黒いのが…」
「うん、サタンの粒子。本当だよ。疑うのならほかの属性の子達に黒い煤みたいな雲が見えるか確認するといいよ。きっとみんな見えないって言うし、そんな魔法は使えないとも言うだろうね。だってこれはどの魔法属性にもないサタンの力なんだから、俺以外が見えなくて当然だよ」
「………」

そう言われると信じるしかない。ああ、困った、最悪だ。彼がサタンの使いだというのは、ヨブ記が事実だというのは、全てが本当らしい…


「…何故、今は厄災を起こしていないんだ…」
「まあ、ここ何百年くらいは起こしても大した被害にはならなかったからなぁ」

やっても意味が無かったんだよ、と彼は苦笑し、鼻から息を漏らす。やっても意味が無い?それは普通に考えたらそうだろうとしか言えない。

「それはそうだよ…だって、今は十分に発展した科学と魔法があるから自然災害や病気、細菌、核にまで強くなった。何かあっても対策はバッチリだし、復興支援もしっかりしている。それに道徳や倫理観への教育が凄いのは勿論、昔に比べて理性的な法律が増えたから魔女狩りのような理不尽な大量虐殺なんて行われるような時代でもなくなった。昔のような知恵も生活水準も道徳観も何もかもが不安定で惑わされやすい時代じゃないんだ。人が大勢死ぬ厄災なんて有り得ない」

今は科学だけでは不可能だったことが魔法で補えるようになった。火災も、水害も、震災も、それぞれの属性を持つ魔法使いと協力すれば、あっという間に解決されたし、魔法という圧倒的な力のおかげか抑止力にもなり戦争が減ったのだ。
だから大した被害にならないのなんて当たり前である。
でもそれを聞いて万里は違う違うと手を振って否定した。