「あれー、りーちゃんじゃん。どったの?授業は?」

大沢は利一のことなんて見向きもせずに彼も小声で言うと、目尻の下がった目を細めて、一瞬だけ指の動きを早めた。割と真剣にモンスターを狩っているらしい。
こんな時になんとまあ呑気な…

「そんなの受けてられないですよ。こっちは大変なんですから。先輩だってサボってるじゃないっすか」
「まーね」
「はあ、ここは静かでいいですね」

利一は彼の横にしゃがみ、食べれなかったサンドイッチを取り出して口に含んだ。

「そーみたいだねー。高等部もうっさいけど、中等部もうっせーっしょ。風紀委員に頼んで、どうにかしてもらってるよ」
「ふぁから高等部の人が中等部にまで来たんふぇふか?」
「は?なにー?」
「んぐんぐ、んっ。…昼休み、高等部の先輩二人がオレのとこきてどうなってんだって訊いてきたんですよ。一人は物凄い剣幕で。だからたかちゃんの口から説明させますっつって逃げてきました」
「うわぁ。ご愁傷様」

大沢は苦笑いするように笑うと、指を動かしたまま、右足をすっと、右方向に伸ばした。そちらを見るとパイプ椅子がある。それを使えと言っているのだろう。
だから利一は彼の横に椅子を持っていき、ゆっくりとサンドイッチを食した。

「二人の様子、どうですか?」
「昨日より大分静かじゃない?今だってあんま声聞こえないっしょ。たまーにヒステリックな声が上がるけど」
「それはどちらの?」
「みゃーびちゃんのに決まってんじゃん」

大沢は雅をみゃーびちゃんと呼ぶ。因みに鷹臣のことは嫌味ったらしく鷹臣様呼びだ。

「もう昨日のみゃーびちゃんはヒステリーな猫かってくらい暴れてたしキーキー叫んでたしね。りーちゃん引っかかれたっしょ?俺もやられた。それに比べたら今日なんてもーぉ大人しい方よ」
「昨日はね… 」

大沢の袖から見える手首を見ると、二本の引っかき傷が見えた。自分のよりも赤くなっていて痛そうだ。

「西條先輩の親衛隊はどんな感じなんですか?」
「さあ?それは風紀委員に任せてるし知らない。でも、穏やかじゃないよねー。大事なお姫様を傷付けられたんだからさぁ」
「ですよねぇ」
「あの子らはどうなの。籠ちゃんと、王子様みたいなキラキラした子」
「王子様……浅田鴻一ですか?」
「そそ」
「嗣彦くんは今オレのルームメイトですよ」
「うっそ!マジで!?…あ、そっか。鷹臣様の部屋から追い出されたからね」
「そーです。嗣彦くんが一人だったんで丁度良いかなと。同じ生徒会メンバーですしね。校則違反してますけど、何故か許可が下りました」
「鷹臣様がなんかしたんでしょ?」
「あれだけ勉強しなかった男が、いきなり一位出したんで。ご褒美じゃないっすか」
「え?なにそれー」
「騒動があったから話題はそっちに行っちゃいましたけど、この前の実力テストで総合一位とったんすよ。たかちゃん」
「はー!?」

大沢は目を見開いて驚き、やっと利一の方を見たが、「やべっ」と視線はすぐにゲーム画面へと戻った。

「だって、鷹臣様は勉強なんてしないで淫らなセックスライフに勤しむ御仁でしょ!?それがなんでいきなり一位よ?」
「恵桜介と同室になるためですよ。何かしら結果を出さないと理事長は許可してくれない人らしいんで、頑張って勉強して一位とってました」
「もうそれガチじゃん」
「ガチっすよ。あ、嗣彦くんは「一年相手に出来るなら、俺のことも抱いてよ」なんてふざけてました。浅田くんは、気にしてないっぽいです」
「へー…鷹臣様のすることならついていきます系?」
「浅田くんはそんな感じですね。たかちゃんファンの子らもそうだといいんすけど、そうもいかないみたいで」
「そりゃそーっしょ。ファンがやたら多いビックカップルが別れたんだからさー、大騒ぎするわ」

「よし」と言うと、ゲーム機の電源を切った。どうやら一段落したらしい。

「ねえねえ、その恵桜介ってかなりカワイーの?みゃーびちゃんよりカワイー?何系?」
「西條先輩とはジャンルが違いますよ。西條先輩は白雪姫って感じのお姫様ですが、恵桜介は西洋画に出てくるような天使って感じです」
「写メねーの?」
「ないですよそんなの。これから嫌ってほど見ることになるんだしいいじゃないですか」
「そりゃそっか。んまぁ、俺はみゃーびちゃんが鷹臣様と別れてくれて嬉しいけどね」
「何でですか?かなり面倒なことになっているのに」
「だって、傷ついたみゃーびちゃんを慰めて、俺のもんに出来るかもしれないじゃん」