そして、その事が昨夜、西條雅の耳へ入った途端、激情した雅が中等部三年の寮棟へ殴り込みに来て、鷹臣を引っ張り出すと寮の屋上で怒鳴り合いの喧嘩をし始めたのだ。
ガサツで横暴な鷹臣なら解るが、上品で物腰柔らかな雅が青筋立てて声を荒らげている姿は、異様なもので、生徒達は動揺しまくった。
ギャラリーは出来るは寮監が止めに入るは学年主任が慌てて飛び込みに来るは大惨事だ。
中等部、高等部の生徒会も集まり、必死に二人の体−主に雅だが−を離している間、利一は雅の美しい爪に手の甲を引っかかれ、線状のひっかき傷を作った。

あの西條雅から引っ掻かれるなんて男の勲章だ、と思いたいが、残念ながら利一はノーマルな人間。損したなぁとしか思えない。早く治ることを願うばかりである。こういう傷は地味に痛いし。

『はあ…』

雅の気持ちを考えると、その辛さは痛いほど理解できてしまう。
あれだけ二人はラブラブで、しかも城の一部を鷹臣にプレゼントすると言っていた雅は、鷹臣が初恋の人を見つけた途端、アッサリ振られてしまった。ネットで予約したレストランを同じようにネットでキャンセルするように簡単に、冷たく振られてしまったのだ。普通なら「何でどうして、嫌なところがあったら直すから」なんて縋りつきたくなるはずである。
それなのに雅は自分のプライドからか、美意識のせいか、はたまたショックが大きかったあまりか少し悲しそうな顔をしただけで、「分かった」と別れを受け入れたらしい。彼なりに頑張って別れを飲み込んだのだ。それくらい、鷹臣のことが好きだったのだろう。

断腸の思いで受け入れた別れなのに、鷹臣に新しい恋人が出来て、しかもそれが中学一年生となれば、流石に頭にくるに決まっている。どういうことだと殴り込みたくもなるだろうし、雅のことを思うと利一は雅の味方だ。

『大変だったんだぞ。反省しろよ。…くそ、大変なのは今もじゃんかぁ』

せっかく雅が静かにしていてくれたから、別れがスムーズにいって大事にならずに済んだのに、半ば誘拐のように恵桜介を拐ってルームメイトにしてしまったからこんなことになったのだ。
そして、元ルームメイトの自分に飛び火する、と。
利一は心の中で鷹臣に罵声を飛ばすと、それを顔には一切出さずに、咳払いをして居住まいを正した。

「二人は今、高等部の会議室で話し合いをしています。なので、二人が今後どうなるかは解りません。話し合いの結果が出ないことにはオレからは何も言えないです」
「それはいいんだよ、俺らは一年について知りたいだけだしっ」

と、高等部二年の先輩。

「例の一年生は……その子はたかちゃんと会話すらした事ない子です。たかちゃんが勝手にその子に惚れて勝手にルームメイトにしただけです。その子はそれまでは同級生くらいとしか交流がありませんでしたし、大人しい生徒みたいなので、たかちゃんと関わろうとはしなかったみたいです。皆さんが想像するような行動は、その子はしていません」
「でも凄いカワイイ子なんでしょ?中等部ではちょっと騒がれてたって聞いたけど!?西條先輩より綺麗なわけ!?」

これは非公認の白河鷹臣親衛隊員。

「それはたかちゃんの好みだから何とも言えないですよ。オレからしたら二人ともキレイですよ」
「でも相手は子供だろ?西條先輩と比べたらやっぱ西條先輩のがいいだろうが。それとも、白河ってショタコン?」
「ちょっと!白河様のこと変なふうに言わないでよ!」

ああ、この調子だと恵桜介の顔画像が一気に出回るだろう。と言うか、もう出回っているはずだ。
そして本人のいないところで可愛いだの可愛くないだの煩く言われるのだ。
可哀想に…

そういえば、恵桜介は登校しているのだろうか?

「ともかく、たかちゃん本人の口からちゃんと説明させますんで。その時になったら各学年の寮長に連絡して、講堂でも借りて会見なりなんなり開かせますよ。それまでは先走った行動は控えるようにしてください。特に、例の一年生は被害者に近い立場ですので、彼を責めるようなことは遠慮してほしいです」

それだけを言うと、利一は逃げるように立ち上がり、スタスタと中庭から出て行った。

「はー!?なにそれ!?」
「ちゃんと話してくれるんですか!?」
「それはいいけど、今の騒ぎをどうにかしてくれよー!」
「高等部の生徒会の人とも、話しあった方が良くね?」

なんて言葉を背中に浴びて、利一は舌打ちをして高等部校舎へと向かう。昼休み終了を告げるチャイムが鳴ったが、そんなものは無視をした。

***

「どんな感じっすか?」

高等部校舎へ行き、二人が話し合っているという会議室の前に座っている、大沢賢治(おおさわけんじ)という先輩に小声で話しかける。

大沢は高等部生徒会副会長だ。何故彼が副会長になんてなれたのだろうと疑ってしまうくらい、大沢は不真面目そうに見える。今だって足を組みながら携帯ゲーム機でモンスターを狩っているところだ。