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にんまりといやらしく笑ったこの先輩は、割とイケメンだからタチが悪い。本当に雅の隙に付け入りそうだ。
たれ目の男というのはこうも下衆な奴ばかりである。と言っても、利一は鷹臣と大沢くらいしか知らないが。

「先輩、西條先輩に手を出すのはやめた方がいいかと」
「何で?俺マジなのにー」
「マジに見えないっすよ。てゆーか、先輩よく生徒会に入れましたよね。ヤリちんなのに」
「ヤリちんじゃないですー。鷹臣様ほどじゃありまっせーん。それに俺、ちゃんと仕事やってるし」
「たかちゃんくらいまでいったら病気っすよ」
「鷹臣様そんなヒドイのかよ?」
「性が彼を殺さずに生かしてるもんなんで」

そこまで話すと、急に会議室の扉が開いた。出てきたのは鷹臣で、顔色はあまり良くないが、どこかスッキリしている。話し合いが無事終わったということだろうか。

「たかちゃん!」
「え、何でお前ここにいんだよ。授業はどうした」
「そんなの出てられないよ」

利一を見ると、一瞬驚いた表情を見せたが、目の奥に安堵の色が走った気がした。そうだ、朝から二人はずっと話し合っていたのだ、友人の顔を見てほっとしないわけがない。

「みゃーびちゃん」

大沢は鷹臣なんて知らないという風に立ち上がると、すぐに会議室の方へと入っていく。目で追うと、椅子に座って大人しく涙を流す美しい先輩の姿があった。いつもあんなに綺麗に整えている髪が、今日は乱れていてぼさぼさだし、目が泣きすぎて腫れている。

『白雪先輩って、こんな時でも綺麗なんだ』

汚い姿なのに西條雅の姿は美しくて、こんな人を振った鷹臣は、恨まれても文句は言えないなと思った。

「リーチ、寮に戻る。お前はどうすんだ?」
「オレも戻るよ。何か疲れちゃったし。学校にいても寮にいてもみんなから質問されるだろうしさぁ。それなら授業サボって部屋にいる方がいいよ…たかちゃんの口からちゃんとみんなに説明してよ?」
「わぁってるよ」

心底疲れたのだろう、鷹臣は深く息を吐きながら、鼻の下を擦った。よく見ると彼の左頬が赤くなっている。おそらく雅に平手打ちをされたのだろう。そして、それに抵抗しなかったのだ。

利一は雅とどうケリを付けたのかは聞かなかった。その赤い頬を見たら充分と思ったからだ。
代わりに、階段を降りながら桜介のことは訊いた。

「恵くん、たかちゃんのこと覚えてた?」
「………」

沈黙。
え、これはひょっとすると覚えていなかったパターンか、もしくは最悪、他人の空似だったか…いや、それはないか。覚えていなかったのだろう。

「もしかして、覚えてなかった系?」
「……最終的には思い出した」
「"最終的には"、"思い出した"ぁ?」

何だその言い方は。本当にちゃんと鷹臣のことを覚えているのか謎じゃないか。そんな思いを顔に出して彼を見つめると、鷹臣はバツが悪そうにこちらを睨む。

「何だよそのムカつく顔は。バカじゃねーの」
「だってさー、それちゃんと覚えてるかあやしーじゃん?」

階段を下って角を曲がり、昇降口へ向かう。そう言えば、このまま寮に戻るつもりだが、利一は鞄を持っていない。取りに戻ろうかと一瞬迷うが、結局面倒くささが勝った。嗣彦に持ってきてもらおう。

「仕方ねえだろ。ガキの頃の俺と、今の俺は全然ちげーし。あの頃、染めてもなかったしな」
「え?あ、あーそっか。地毛黒いもんね。たかちゃん、いつまで金に染めてんの?将来ハゲるぜ?やばくない?」
「うっせーな」

靴を履き替え、高等部校舎を出る。二人共来客用のスリッパを勝手に拝借していたので、それを適当に元に戻した。


鷹臣は昔、大和という血に馴染めずにいたらしい。

利一の家庭とは違い、大手グループの一族というのはやはり特殊なようで、産まれたばかりの赤子にすらプレッシャーをかけるようだ。
英才教育は勿論、習い事の連続。流行りの遊びは禁止。「大和一族だから出来て当然」の圧力は酷いものらしく、幼い頃の鷹臣はよく体調を崩していたと利一は聞いている。

そんな中、ストレス発散にと家族旅行をした際に、自分より幼い恵桜介に会ったのだ。
旅先で出会った幼子は、鷹臣の心の澱を洗い流してくれたらしい。どんな会話をしたかまでは教えてもらえなかったが、当時、辛い思いをしていた鷹臣を癒すほどの効果があったようだ。
そこから鷹臣は殻に閉じ篭ることをやめて、ヤンチャ街道真っしぐらだったらしい。……良いのか悪いのか…