熱の条件 | ナノ






胸が熱くなる。
アキラを思い浮かべるだけで、体中がジンジンとして、瞳が潤む。
アキラの笑顔、心地よい声、大きな掌に、スパイシーな香水の香り、厚い胸板、前髪をすく癖、ささくれがない綺麗な指先、アンダーリムの華奢な眼鏡…
思い出せば思い出すほど、愛しさが募り、彼に会いたくなる。
でも、会えるのは明後日の月曜日。今日と日曜日は嗣彦と過ごさなければならない。

『ちょっと我慢するだけなのに、寂しいな…』

放課後の僅かな時間だけでは足りない。本当は、常に一緒に居たい。

「先輩の彼氏さんって、東京に住んでるんですよね?離れてて寂しいって思わないんですか?」

同じクラスだから毎日会えるのに、それでも足りないと思ってしまうのだから、中距離恋愛をしている嗣彦はもっともっと寂しいと思っているのではないだろうか。
そんな疑問がふっと口から出た。
嗣彦の彼氏は東京に住んでいるミュージシャンだ。まだメジャーデビューは果たしていないが、音楽雑誌でよく特集を組まれているし、二千人規模のライブハウスなら埋められるくらい、人気がある。
そんな彼氏に嗣彦はゾッコンだが、学校内でイケメンをはべらかせているのを見ると、本当にゾッコンなのかは謎だ。
嗣彦は口元を拭いながら、怪訝そうな顔をした。

「は?思うに決まってんじゃん。だから毎日ラインとかスカイプとかしてるんでしょ?通話してんの、聞こえない?」
「そうですけど、たまにしかお会い出来ないのは、寂しくないのかなと思って…」

隣の部屋から、通話をしているような声が聞こえてくるから、連絡を取り合っているのは分かる。でも、直接会えるわけではない。

「えー寂しいっつの。でも仕方ないじゃん。あっちはツアーで全国回ることあるし、こっちだって学校生活で忙しかったりするしー。それに俺、副会長だしね、普通より忙しいのは仕方ないよ。でも、寂しいからってやる事なんにもやんないで会うのは嫌なわけ。勉強や生徒会の仕事ほっといて会いに行くの嫌だし。そんな事したら彼氏から怒られちゃうし。その分、毎日連絡取り合ってるわけじゃん」
「あの、じゃあ、学校とかそういうのが無かったら毎日会いに行きますか?」
「会いに行く所か一緒に住むね」

学校では常に横にイケメンを置いている割には、中々一途なようだ。しかも、自分が置かれている状態をちゃんと把握し、我が儘は言わずにやる事はちゃんとやっているらしい。
自分はそこまで大人になれるのだろうか、と考えた。
だって今すぐにでも帰って、あの部屋でアキラと過ごしたいと思っている。

「でも、俺がそう思えるのは信頼関係があるからだと思うよ。お互いに信頼してるから、会わなくてもまあ平気って感じじゃない?メグミとタカミーなんて信頼関係ゼロだから、あんな裏校則なんて出来ちゃったわけじゃん。ちょーウケるよね!」
「ウケませんよ。僕からしたら、本当に困っているんです。友達、居ませんし…」
「はー!?本当に友達いないの?誰とも話してないわけ?うっわー!メグミちょー真面目じゃん!偉すぎて余計ウケる!」
「偉すぎって…もう、同級生で喋れるのが中野島くんと久米くんしかいないんですか、ら…」

−あれ?
この時、桜介は違和感を覚えた。嗣彦の言葉は何かがおかしい。どう、おかしいのかは判らないが、確かに違和感がある。嗣彦が言うセリフではないような気がするのだ。
ナイフとフォークの動きを止め、皿の上の春小鯛の瑞々しい白を見つめながら、彼の言葉を咀嚼した。
−本当に友達いないの?
−ちょー真面目じゃん
−偉すぎ……

「あ、俺さ、明日の夜に帰るから。七時ギリギリに戻る予定」
「へ?」

突然の話題変更に、桜介は素っ頓狂な声を上げた。ぱっと顔を上げて嗣彦を見た途端、考えていたことが散り散りに消えていってしまう。
そんな桜介のことなんて知らないとでもいうように、この美少年は何事もなく続ける。

「だから、この後は俺、彼氏んとこにいーくーのっ。出かける前に事務のおっさんに外泊届け出してたじゃん」
「ええ?」

それは、思ってもいないサプライズだった。