熱の条件 | ナノ






次に連れてこられたのは新宿から少し離れた銀座のイタリアンレストラン。時刻は丁度一時を回っていた。

そこでも嗣彦は即決し、桜介の分までランチメニューを決めて注文されてしまった。迷うということを知らないのだろうか。

「ここさ、タカミーのお気に入りなんだよね。ヘルシーだし、味付けも上品。野菜も多いしねー。銀座行くならメグミ連れてけって言われてたんだよ」

確かに、そういう設定のレストランに見える。吹き抜けの天井に、大きな窓からそそぐ日差しを、大量の観葉植物が浴びてキラキラと輝いている。
肉厚で瑞々しい葉や花がそこかしこにあるこの店内は、まるで植物園のようだ。

「そう、ですか…」
「タカミーさ、メグミにはいい物与えまくりだよね。服から食べ物から、スキンケアまで…ここのランチ代もタカミーが出してくれてんだよ。でもメグミはタカミーが好きじゃないんでしょ?」

好きじゃないんでしょ?と、訊かれても、そんなの知っているじゃないか。

「……だって、」
「あーあーあーごめんごめん。メグミの言いたいことも解るから。俺が悪かったよ」

涙目で俯くと、すぐさま桜介の地雷を踏んでしまったことを自覚したようで、手を振って話題を終わらせた。慌てたように謝る嗣彦は、息を一つ吐いて水を一口飲み、改めてこちらを見る。

「メグミの気持ちについては訊かないよ。ルール違反だからね。俺が悪かったわ。俺はタカミーとも付き合い長いし、やっぱそっち側についちゃうからさあ、ついね」
「それは仕方ないですよ。白河先輩と籠原先輩はお友達ですから…」
「メグミからしたら嫌だろうけど、俺はタカミーが好きだから。色々世話になったし、小さい頃から一緒だからさあ。だから、タカミーが惚れてる相手が、タカミーを嫌がってるってやっぱり気分悪いんだよね。あいつがガチになってんのに、何でー?ってなんの」
「すみません…」
「謝んなくていいから。そういう意味で言ってんじゃないし。それで、その疑問が四年も続いたわけじゃん?俺は四年間も「何でタカミーじゃダメなわけ?」を思い続けてるのさ。でも、同時にメグミは四年間も恋愛してないってことだよね?それはちょっと可哀想って最近思ってる」

そこまで嗣彦が言うと、前菜が届いた。春子鯛のマリネだ。シャンパンビネガーの香りが漂い、食欲を誘うが、大きなガラスの皿に盛られたそれは上品すぎる量で、とても少ない。
気付くと、外食はいつもこんな感じのものばかり食べてきた。全て鷹臣の趣味だ。

「やっぱさ、恋愛っていいんだよね。自分が磨かれるし」

ぷりぷりとした新鮮な春小鯛に舌鼓を打っていると、嗣彦が続きを言う。

「好きな人が出来るって意識するってことだから、自分の見た目や立ち振舞いが良くなるんだよね。どうでもいい奴から好かれても、そんなんならないもん。好きな人に認められたいから、自分を良くしようと努力するわけじゃん」
「先輩は、努力されてるんですか?」
「当たり前じゃん。彼氏のために常に美しくいようとしてるっつの」

改めて嗣彦を見つめた。
率直な感想は、それ以上美人になってどうするんだろう、だ。嗣彦は恋愛をしなくても、とても美しく見える。

「"好きな人のため"の日々って楽しいんだよ。面白いことあったら教えてあげたいって思うし、買い物中にいいもの見つけたら、プレゼントしたいって思う。幸せを共有したいんだろうね。そういうのは凄く大事なことじゃない?まー、人によっては恋愛中心の生活とか馬鹿っぽいとか言うけどさ、俺はそう思わないよ、幸せだから。
でも、メグミはそういうのを全然味わえてないわけじゃん?それはちょっと可哀想って思ってる。恋愛は自由なのに、メグミの恋愛は自由じゃないしね。タカミーとの恋愛しか許されてないわけじゃん?」
「そう、ですね…」
「俺はこういうこと言えない立場だけど、メグミがタカミーを好きになるか、タカミーに諦めてもらうかして、早くメグミに楽しい恋愛をしてもらいたいって思ってるよ」
「はい…」
「タカミーと付き合えって意味じゃないからね?ただ、早く楽しく過ごせるようになれたらいいのにねって思ってるだけ。まあ、明けない夜はないって言うのと同じように、終わりがない渋滞もないし、終わりがない片思いもないんじゃん?いつかは決着つくようにはなってるんだよね。あんまり難しく考えずに、気楽に行きなよ。あ、これ受け売りなんだけどさー」
「っ…!」

嗣彦の言葉に、思わずアキラの名前が出そうになった。

好きな人が出来たんです。両想いになれたんです。その人が好きなんです。
そう、報告したくなるくらい、嗣彦の言葉が暖かく感じ、泣きそうになる。
彼が言う、"好きな人のための日々"は、今の桜介なら解るのだ。常にアキラの事を考えているし、アキラに楽しんでもらえるよう、どうしたらいいのか試行錯誤している。
テディベアの御礼だってしたいし、秘密の部屋の御礼だってしたい。アキラが何が好きで、どういうことで喜ぶのか知りたい。アキラの為につくしたい。
アキラを想うと、心が暖かくなる。

それを嗣彦に報告したかった。
だがしかし、それは絶対に許されない事だ。いくら優しい言葉をかけてもらっても、彼は鷹臣側の人間であり、そんな話を聞いてしまったら、鷹臣に報告をしなければならない。

『僕も、恋愛の素晴らしさがやっと分かったんです。大好きな人がいるだけで、幸せなんです。今までの時間が嘘だったみたいに…』