∴ 1 ランチを済ませると、車は原宿へ向かい、そこで嗣彦は降りていった。 白髪が目立つ運転手の葛原(かさはら)に、このまま桜介を寮まで送るよう告げると、嬉しそうに手を振って颯爽と表参道を歩いていった。どうやら、近くのライブハウスで、彼氏のライブが行われるらしい。 それから桜介は、高鳴る心臓を抑えながら、葛原に買い忘れた物があると告げ、表参道ヒルズに入った。 そこでアキラへと電話をかける。初めてのコールだ。 −プルルル…プルルル…プ、 《もしもし?》 少し掠れたアキラの声に、緊張が走る。電話越しの声は、いつもより低く感じ、ドキッとした。 「もしもし、アキラくん?あの、僕です、恵ですっ。今平気ですか?」 《うん、官僚といるけど大丈夫だよ。どうしたの?何かあったのかい?》 緊張して裏返る自分の声とは違い、アキラは落ち着いている。穏やかで優しい声色に、どこかほっとした。 「僕、今原宿来てて、籠原先輩と買い物をしていたんですけど、今夜、籠原先輩がお泊りするんです。だから、夜は僕一人なんです。留守番は誰かと過ごせとか、何も言われませんでした。食堂で食べるときは、浅田先輩でも呼べって言われたくらいで…」 《桜、それは本当なのかい?》 「はい!」 思わず大きく返事をすると、歓喜したような息が電話越しに聞こえる。良かった、アキラも同じことを思ってくれているみたいだ。 寮で二人で過ごせる、と。 少し沈黙があり、何か考えているようで、そうだな…と言葉が続いた。 《俺が桜の部屋に行こうかと思ったのだけれど、桜の部屋は確か、A棟だよね?何階の何号室かな?》 「三階の、三〇七号室です」 《角部屋じゃないんだね、そっか。そうなると、俺が桜の部屋に行くのは危険だな。 ……俺が、B棟二階の、二〇一号室なんだ。俺の部屋は角部屋で、隣は非常階段になっているから、そこから上がって来て欲しい。非常階段の鍵は開けておくし、俺の部屋の鍵も開けておくから、ノックせず入っていいよ。夕飯は俺の部屋で食べようか》 「はい!そうします!」 それからはとても長く感じた。 ヒルズ内で買い物を少しして、車に戻りアキラとメールをしながらまっすぐ寮へ戻った。 車が寮へ近付いていくと自然と頬が緩んでしまい、必死に顔を引き締め、普段と変わらない態度をどうにか貫いた。葛原の安全運転が憎く感じるくらい、もっと車を飛ばしてほしかった。 早く着いてほしい。早くアキラに会いたい。そればかりを思った。それはアキラも同じで、メールにはよく「あとどれくらいかな?」といった文章が入っていた。 寮に着くと、いつも通りの鬱屈とした表情を作り、入口にある事務室で帰宅を伝える。 荷物を部屋へと運ぶ時は嗣彦の分まであったので、葛原に手伝ってもらった。時刻は夕方の六時をまわっているせいか、寮内は少し煩い。 最後の荷物は自分の鞄と、小さなショップバッグだけだから大丈夫だと告げ、そのまま葛原を帰し、その足でB棟非常階段まで来た。 宣言通り、非常階段入り口の施錠が外れている。なるべく音を立てないように上り、建物の中へ入ると、急いでアキラの部屋を探した。 右手にすぐ「二〇一・三島」のネームプレートが見え、扉を開けて素早く身を滑らせるようにし、部屋の中へ。 「桜」 ふう、と安心し、扉を閉じると目の前には、アキラの姿が。 「アキラく、」 名前を呼ぶ声を遮るようにそのまま、大きな腕に包まれ、抱きしめられる。 いつもの学ランではなく、白いTシャツを着ているアキラからはより彼の体温が伝わってきて、桜介の心臓はドキドキと鼓動した。 「嬉しい、会いたかったよ…」 「僕もです…」 彼の逞しい胸板が頬にピタリと付く。トクトクと心臓の音が聞こえた。 背中と腰に回っている腕の力が強まり、更に体が密着する。このまま隙間なくくっついていたい。 嬉しさに体温が上がり、頬が染まる。その頬を撫でられ、上を向くと彼の唇が重なってきた。 「ん、ンっ…」 キスは初めから濃厚で、すぐに舌が入り込み、桜介の口腔を味わう。 小さな口腔はすぐアキラの舌でいっぱいになり、上顎や歯列、舌の裏側など、いいように蹂躙され、ぐちゃぐちゃに舐められる。 「んんっ、んっんっ」 突然のことに驚き、抵抗するように彼のシャツを掴むが、力は入ってなくて縋っているようにしか見えない。 可愛くしがみつき、その激しすぎるキスを頬を染めて受け入れる姿になり、自然とアキラを煽っていた。 |