熱の条件 | ナノ






嗣彦の家のベンツに約二時間三十分も揺られながらやっとの思いで新宿に着いた。大和がある田舎町とは違い、都会はまだ六月になっていないというのに、夏のように暑い。埃っぽい空気や、アスファルトの照り返しが気温を高めているようだ。ハンカチを取り出して額の汗を拭う。

車中、聞かされるのは嗣彦の彼氏の話や彼の親衛隊の話、生徒会の愚痴ばかりだった。
聞かされるだけなら楽でいいのだが、厄介なことに、適当に相槌を打っていると怒られるし、だからと言って意見すると不機嫌になられてしまう。
嗣彦が求める言葉を探すのに必死で、おしゃべりしているだけなのに相当疲れた。

夏物衣料を買うと宣言したとおり、デパートのファッションフロアを嗣彦は我が物顔で闊歩し、あれだこれだと目当ての物をすぐに手にする。
迷いがあまり無いようで、好みのものを見つけると、即決する性格らしい。まあそれも、彼の家が裕福だから出来る事なのだ。

「俺、花柄とか好きなんだよねー」

そう言いながら、柄物のシャツをひょいひょいと掴んでは片腕に引っ掛けていく。

「先輩は、そういうの似合いそうです。僕が着たら女装になりそうですけど」
「アンタはシンプルなのが一番いいんだよね。柄物は何かクドい。タカミーにもそう言われたから、メグミのはシンプルなのにするね」
「それなら、ユニクロでいいですよ」
「はーっ!?それ本気で言ってんの!?バッカじゃない。そんなの選んだら、俺がタカミーに怒られるっつの!」

そういうものなのだろうか。

「あ、おにーさん。このポロシャツの襟の色違いってありますか?この子、ピンクが似合うんで、ピンク色のがいいんですけどー」
「あ…は、はい!少々お待ちください」

若い男性店員に勝手に注文し、桜介の意見なんて始めから聞かずに、どんどんとレジへ運ばれた。
こうして外で嗣彦を見ると、彼の美貌は相当な物だ。同じ男だというのに店員の顔は赤らんでいるし、ほかの男性客も嗣彦を見ては「かわいー男がいる」とか「うわ、イケメン。ジャニーズみてぇ」なんて友人達と嗣彦の容姿について感嘆している。先ほどからそんな男しか見ていない。
学校内でも美人な生徒会役員としてもてはやされてはいるが、改めて外で見ると、やっぱり美人なんだなと感心する。
勝気に大きな瞳と、余裕を含んだクッと上がった口角が魅力的だ。女王様のような風格がある。
サラサラと流れる金髪が違和感無いくらい、人形のような顔をしている嗣彦。黙ってれば素敵なのになと思った。


会計を済ませ、また別の店で同じ事を繰り返す。
決断が早いせいか、どの店にも滞在時間五分くらいしか掛からないが、その分のショップ袋は大量だ。

「あーあー、いつもだったらタケルくんに持たせてるんだけどなー」

大量の荷物を二人で分けて持ちながら、エスカレーターを下った時、嗣彦は唇を尖らせてそう言った。
タケルくんと言うのは、嗣彦親衛隊の一人で、嗣彦のお気に入りのイケメンくんのことだ。
ただ、そのタケルくんが荷物持ちをしているところは見たことがない。代わりに持っているのはタケルくんとは大違いな熊のように大きく毛深い先輩だ。

「そうなんですか?いつも、あの体が大きい、柔道部の先輩に生徒会の書類とか、鞄とか持ってもらってませんか?タケル先輩が持ってる所見たことないです」
「えー、それって熊井のこと?アイツ、力あるからそういう力仕事には向いてんだよね。でもブサイクだから外出はパスしてんの。アイツに荷物持たせる時は寮とガッコーん中だけ。外ではいつもタケルくんの仕事だから。ブサイクと二人で街歩きたくないしさー」
「……先輩って結構面食いですよね」
「は?当たり前じゃん。メグミが可愛くなかったら、いくらタカミーのお願いだからって、同室にならなかったし」

この美人は他人の顔面について厳しい。
猫のような丸くて力強い眼差しで、人間の美醜を振り分けて誰が自分に相応しいのか厳しくチェックしているのだ。
だから付き合う人間も勿論美形ばかり。男友達も女友達も美人ばかりで、そうでない人間は家畜扱い。
特に、肥満体型の人間が嫌いで、「病気や薬の副作用とか、何か理由があってデブなら仕方ないけど、健康なクセにデブな奴ってなんなの?マジきもい。自分の体見てヤバイとか思わないわけ?」なんて厳しいことをしょっちゅう言っている。
桜介からしたら、人に迷惑をかけていないなら、どんな見た目でもいいじゃないか。人は中身だ、と思うのだが、嗣彦は許せないらしい。

「あのね、美は絶対なる価値なんだよ。美があってこそのそれなの。美しいは素晴らしいっていうのは遺伝子に組み込まれてるんだよ。だから花だって綺麗でしょ。俺は美しいものが好きで、美しい趣味なだけ。それは全世界どんな人間にも共通してるでしょ。金払って宝石買うけど金払って泥ダンゴは買わないでしょ?そういうことだよ。美は真実でもあり、哲学でもあるんだから」
「はあ」

意味が解らないが、何となく解ったふりをし、相槌を打つ。確かに綺麗なものや綺麗な人は好きだけど、桜介はそれが全てではないなとぼんやり考えた。
そんな厳しい事を言う嗣彦だが、老人には優しく、荷物持ちになると言った初老の運転手の申し出を断り、こうして苦労して車まで運んでいる。
そういう妙に優しいところは、以前からよく目にしていた。
トランクに投げるように荷物を入れ、嗣彦と桜介は後部座席へ沈んだ。