熱の条件 | ナノ






メガネをしていない友人は、にやりといやらしく笑い、綺麗な白い歯を見せた。
その表情は今まで一度も見たことがない、とても下品で俗物的なものだ。歪に形を変えた瞳や楽しそうに上がった眉の形に口元の笑い皺、全てがいつものアキラとは違う。
まるでドラマに出てくるような、悪役ヤクザの笑みと似ている。上品で洗濯洗剤のCMが似合いそうなくらいクリーンで爽やかな笑顔とは大違いだ。
驚いて彼を凝視すると「ああ、これが素だから」と、あっさり暴露された。

「先ほどの部室の時といい…胡散臭いと思っていたが、ここまで表の顔と正反対とはな。随分と面の皮が厚い奴だ…」
「それは官僚も一緒っしょ?」
「否定はしない。それで、恵くんと晴れて恋人同士になれたのか。めでたいじゃないか」
「ありがとね。
でも、白河って問題があんだよ。まだ桜とは関係切れてないし、白河のせいで、俺と桜が堂々と付き合えないんだよな。あー、マジくそうぜー。死んでくんねーかな」
「………」

眉間にしわを寄せ、悪態をつく友人に内心引きつつも、ゆっくり項を掻きながら鐐平は話を合わせる。

「恵くんが白河先輩と交際をしていなかったというのが事実だとすると、話が変わるな…恵くんにメリットがない。四年間も先輩といる必要はないはずだ。転校するなり何なり、いくらでも逃げられるだろう。それをしないということは…」
「弱みを握られているってことだな」
「それもある。だがしかし、恵くんが嘘をついているとしたらどうする?本当は交際が続いている。だが、厄介な相手だから中々別れられないし、君の前で清純可憐でいたいが為についた嘘。…だとしたら?」
「俺のことが好きなら何だっていーよ。でも白河と桜が付き合ってなかったのはガチだよ。桜のスマホチェックしてるから分かる。
だから、桜が脅されて白河の言いなりになってる可能性がでかいんだよ」

お互いの視線が混ざり合う。
普段は見ない、アキラの鋭い眼光が事の重要性を鐐平へ伝える。
穏やかで、微笑むと目尻が垂れる、優しそうな彼とは違う、ギラギラとした野性的なそれに、鐐平は微かに笑んだ。

「三島くん。君は割と狂っているんだな」
「はァ?それは官僚もだろ。文芸部の男全員食ってんだろーがどうせ」
「そうに決まっているだろう。彼らが喜んで僕に飼われに来たんだ、可愛がってやるのは当然のことだ。
…ハハハ、僕は以前より君のことが好きになった。こっちの方が断然付き合いやすい」
「おぉ、それは俺も同じ」

ニヤリと口角を上げると、アキラも同じように口角を上げ、鐐平を見つめてくる。
それが何だかおかしくて、どちらからともなく膝を叩いて爆笑した。

「ははははは!なんて顔してんだよ!前髪で隠れてるせいか、すっげー悪人面になってるっつの!ちょー怖ぇーよ!」
「ハ、ハハッ、それは君もだろ。君の場合は爽やかなキャラと違いすぎて、余計おかしいぞ」

声をあまり出さずに、どちらかというと引き笑いに近い鐐平に対し、アキラは豪快に笑い、目尻の涙を拭う。
地の仕草をするアキラは割と身振り手振りが大きく、普通の若者のようにガサツだ。カッた歯を出して大口で笑うし、手だって叩く。
この方があの胡散臭さがなくて、まだましだ。
地の性格は大分歪んでいるが。


一頻り笑ったあと、アキラはコーヒーのおかわりをつぐと言って立ち上がった。Tシャツにスエットというラフなスタイルのアキラだが、等身が高いせいかそんな格好なのにオシャレに見える。

「んで、官僚はさ、その弱みって何だと思う?やっぱりかなり下衆なこと?」
「それを僕に訊かれても分からん。だが、四年間も我慢し、今も不自由にしている程の事だ。やはりそういう弱みではないのか?本人には訊けないのか?」
「んー…今は無理だろ。まだ何もかも話せるような間柄じゃないし。そこんとこは時間かかんな。まあ、時間空いたら勝手に調べるけど」
「ん?今はそれよりも優先する事があるのか?そんな口ぶりだな」
「ああそうそう。中野島直人だよ、ナカノジママサトォー」

つぎ終えて座っていた場所に戻ると、今度は身を乗り出して座った。
だから鐐平も同じようにし、彼の言葉を待つ。
瞳が、一瞬冷たく光った。


「中野島は桜が好きだ」

それは、予想していた言葉だった。
部室でのアキラの発言から、中野島直人関係の話は出るだろうとは考えていたのだ。

「ほう…」
「いつからなのかハッキリとは判んないけど、去年の十月からっていうのは確かだと思う」
「へえ、それは今もなのか?」
「そ。ウゼーことに進行形」
「中野島か…堂々と恵くんと交流出来る人間だな」
「そー。それが胸糞悪ィ。白河組だから、桜にべたべたし放題だろ」
「中野島は、恵くんにべたべたしているようには見えないのだが」
「人前ではな。密室では別だよ」

アキラはそう言い舌打ちをすると、頬杖を付いて空を睨んだ。そして小さく舌打ち。
こういう荒っぽい仕草はそれはそれで様になる。端正な顔をした人間が不快そうに表情を歪ませても、美しさが増すだけのようで、鐐平を見惚れさせる。それに内心苦笑しながら、コーヒーを一口飲んだ。