熱の条件 | ナノ






自分を叱咤し、妄想を打ち消すように太腿を思い切り抓る。すると、それを見ていたらしく、「たまに意味わかんないよね」と、言われてしまい桜介は顔を真っ赤に染めた。


「味噌汁と米はインスタントね。文句は無しで」
「ありがとうございます。充分です」

そうこうしているうちに夕食が出来上がったようだ。
生姜と甘辛いタレに絡まった肉の香りがふわりと漂い、桜介の腹の虫を刺激する。

「テキトーに食べて」
「あの、お金は…」
「いらないから」

キッチンカウンター越しに皿を差し出され、いいから食え、と顎で指された。
和食には似合わない花柄の皿の上には、生姜焼きとキャベツの千切り、スライストマトのサラダが綺麗に配置されている。
タレが豚肉と玉ねぎに絡まり、ツヤツヤと輝いていて、これはご飯が進むなと思った。
それと一緒に茶碗に盛られた白米と、何故かマグカップに入った味噌汁。そしていつの間に作ったのか、ほうれん草のおひたしとカブの浅漬けまである。

食堂で見るような立派な"定食"に、桜介は余計、ただでは食べられないと慌てた。

「払います。受け取って下さい。いくらですか?」
「要らないから早く食って。ねー、この食器、籠原さんの趣味?ゴッテゴテのウェッジウッドばっかで気色悪いんだけど」
「えっと、籠原先輩の私物です…あの、払わないわけにはいきません。こんなにしてもらって、ただで食べるなんて」
「じゃあ洗い物はしてよ」
「そんなの当たり前じゃないですか」

財布を取り出して直人に詰め寄るが、面倒くさそうにあしらわれてしまう。
いいから食べろと箸をずいっと出され、少し強い口調に対して何も言えず、桜介は皿をテーブルへと運んだ。

「いただきます」

直人へぺこりと頭を下げてから箸を付ける。
アキラとの逢瀬を思うと、それだけで胸いっぱいで、食事なんてしなくても平気だと思っていたが、目の前にすると単純なもので、口の中に唾液が溜まった。
艶やかに輝く生姜焼きからいただくと、予想よりもずっと肉が柔らかく、ジュワっとタレを滲ませて舌を喜ばせてくる。

「凄い!美味しいです」
「どーも」

火が通って柔らかくなった玉ねぎとも相性がいいし、甘辛いタレがついたキャベツも格別に美味い。
白米と肉を一緒に食べると、何とも言えない美味しさが広がる。
おひたしもほっとする味だし、浅漬けはさっぱりしていて箸休めに丁度良い。
こんなに料理が上手かったのかと改めて感心した。
そんな直人は、キッチンにある椅子に腰掛け、カウンターで何かを食べている。

「中野島くんは…」
「僕のはいつもこれなんで」
「え、それだけなんですか?」

カウンターに並べられているのはトマトが乗ったサラダと蒸したささ身、カットされたリンゴとひじきとわかめを和えたもの。これだけだ。

「夜食うと太るから」
「でも、充分痩せていると思います。もっと食べても大丈夫ですよ。それに僕だけこんな沢山いただいてるのは、何だか悪い気がしてしまいます…」
「君はいいんだよ。僕は読モだから」
「読者モデルって、食事制限厳しいんですか?沢山食べても運動をしたら平気なものだと思っているんですが…」
「食事制限して運動もしてこれなんですが」
「え!?そんな、ボクサーみたいじゃないですか」
「本当は読モ嫌なんだよね」
「…は?」

いきなり話が飛び、桜介は思わず間抜けな声で聞き返した。
そこまでして体型を気にしておきながら、読者モデルが嫌いなんて意味が分からない。
人の話を聞いているのか判らない話の仕方をする直人に、思わず怪訝そうな顔をする。

「僕はちゃんとブランドに起用してもらえるようなモデルになりたいの。でも身長足りないから、読モしてるわけ」

そんな表情の桜介を気にせずに、彼は食べながら話し出した。

「中野島くん、背、高いじゃないですか」
「それは君と比べたらでしょ。僕、175しかないから。まー、読モならそんくらいの背で顔が良かったら使ってくれるんだよね」
「では、嫌々お仕事をされているんですか?」
「ぶっちゃけ。でも、そこから人気出て、次のステップへ行くってなる場合もあるわけ。タレントとしてテレビ出てる読モ多いでしょ?テレビ出て、そこでまた人気出たら、僕の夢が叶う可能性だって高くなんだよね。たから読モも馬鹿に出来ないから、外面良くして今のうちに人気上げとかなきゃいけねーんだよね。んなわけで僕の夕飯はこれでいいの」
「そうなんですか…」
「まだ自分は頑張れていないって思わなきゃ、頑張れないからね」

一通り捲し立てると、勝手にテレビを付け、リモコンでチャンネルを回し始めた。