熱の条件 | ナノ






「あの、三島くん…」

声をかけると、思い詰めたようにアキラは吐息した。その熱い息がこめかみにかかり、それに思わず身震いする。

『わっ、ドキドキしてる…』

アキラの心音が聞こえる。
厚い学ラン越しなのにはっきりと分かる。
体温も伝わった。とても熱い。すぅ、と息を吸う音も聞こえる。
辛くスパイシーな香水の香りもさっきより強くなったし、アキラの体臭も感じられる。

「三島くん、何…何で、こんな…」
「好きだ」


そして、いつも聞く声よりも低く、真剣な彼の告白。

「え……」
「一目見たときからずっと好きだった。俺は恵くんが好きだよ。好きなんだ。大好き…だから、君と一緒に過ごせる場所を考えて作ったんだ。突然キスしてごめんね。恵くんと二人だけだと思ったら堪えられなかった…好きだよ」
「うそ、そんな、三島くんが僕なんか…」

沢山の好きという言葉に目眩がする。
耳元で囁かれる愛の言葉が、これでもかとのしかかり、呼吸がまともに出来そうに無い。

「嘘ではない、本当だよ。本当に好きだよ。一目見たときからずっと、君のことを考えていたんだ」
「おかしいです…」
「おかしくなんかない」
「いや、違います…!」

思わず叫んでしまった。

こんな幸福なことはないからだ。
彼を否定したというより、自分を否定したのだろう。
期待してはいけない、と言い聞かせるために。

『有り得ない。信じられないよ……怖い』

だって、大好きな人が自分を好きだなんて、そんな都合がいいことなんて無いじゃないか。
ましてやアキラはストレートの人間なはず。男には興味が無い、とクラスメイト達がガッカリしたように会話をしていた。
アキラはみんなに優しいだけで、それの優しさは決して恋故ではないのだ。

逞しい腕から逃げるように、桜介は彼に背を向けて抵抗したが、それでも腕に力が入らず後ろから覆い被せられる状態に落ち着いてしまう。
両手を握るように抱き締められてしまい、その甘い体制に泣きそうになる。

「多分、三島くんは勘違いしています。僕が一人でいて、可哀想だと思ったから、同情しているだけです。その同情が恋愛だと、錯覚されてるんです」
「錯覚ではないよ。俺は本当に君が好きなんだ。だからキスをした」
「キ、キスは…」
「『接吻がおわる時。』…」

何か、見知ったフレーズを耳元で囁かれた。

「『それは不本意な目ざめに似て、まだ眠いのに、瞼の薄い皮を透かして来る瑪瑙のような朝日に抗しかねている、あの物憂い名残惜しさに充ちていた。あのときこそ眠りのような美味が絶頂に達するのだ。』」

それは、この前読み終えたばかりのものだ。「春の雪」の一節。
主人公、清顕と聡子が初めて雪の中でキスをしたシーン。
驚き、目を瞠っていると、アキラは続ける。

「清顕が聡子とキスをして、初めて愛撫を知り、キスの後の余韻に戸惑い、そして頬が熱くなって聡子と確かめあった。僕が恵くんにしたキスは、衝動的過ぎたものだけど、清顕と聡子がしたようなこういう愛の目覚めのようなキスを君としたいと思っている。情熱的に求め合いたいんだ。同じように体を痺れさせる甘いキスを君としたい。これは勘違いなのかい?同情だけで成り立つ感情なのかい?教えて、恵くん」
「……それは…」

あまりにも強い愛の告白。
扇情的で情熱的で、桜介の言葉を奪っていく。
こんな事を言われてしまっては、何も言えない。何も否定できない。全て受け入れなければならない。

「僕は……三島くんが好きです…」

後半は涙声になった。
それでもアキラは聞き逃さず、更にギュッと抱きしめられた。
もう散ってしまった桜を逃がさぬようにと、懸命に繋ぎとめている子供のような必死さを感じた。