熱の条件 | ナノ






***


「三島、くん…」
「恵くん」

準備室の中は、以前見た時よりも雑多としている。
文化祭で使われた塔や恐竜のオブジェ、いくつも立掛けられたカンバスに筒状に丸められたポスター類、彫刻作品の頭やダンボールの山、演劇部の使わなくなった衣装、一面の壁を埋めた資料棚…
その中で、アキラはダンボール箱に腰掛けて座っていた。数あるガラクタと違い、彼だけ芸術品のようにキラキラと輝いている。

「み、三島くん、手紙を見て、僕…」
「恵くん、来てくれて嬉しいよ。無視されたかと思った」
「そんな!無視なんて、しません…!」

埃を被ったガラクタ以外、ここにいるのは自分とアキラだけ。
そう思うと桜介の顔は見る見るうちに赤くなっていき、少しだけ体温が上昇した。

「うん、ありがとう。あ、ごめんね恵くん。扉、磨りガラスだけど誰かいるのは見たら分かると思うから、もっとこっちに来てもらえるかな?」
「うわっ!?はい、すみませんっ!」

扉上部には磨りガラスがはめられているため、前に立っていては中に人がいるのがバレバレだ。
これではせっかく誰にも見られぬよう配慮した意味が無いし、バレたらアキラが危ない。
桜介は慌ててアキラの方へ行くが、物が多いせいで手こずってしまう。
特に無造作に放置された彫刻作品が邪魔だ。

「うわ、わっ、と…」
「足下、危ないから掴まって」
「へ?」

躓きそうになりながらよたよたと進む桜介に見かねてか、すかさず腕を掴まれ支えられた。
アキラの大きな手が二の腕を掴み、そのまま優しく腰を引き寄せられる。

急な距離感に更に心臓はドキドキと鳴り、アキラが触れている所がやたらと熱くなっていく。

「大丈夫ですから、あの、転びませんので、手を…!」
「恵くん、俺ね、恵くんの為に秘密の部屋を作ったんだ。だから見てほしい」
「え?何、部屋?」

動揺する桜介をよそに、アキラは楽しそうに微笑んで見せた。
部屋を作ったと言ったが、一体どういう意味なのか。桜介は意味がわからないままアキラの喉辺りを見つめる。まともに顔が見れないのだ。

「それはこれだよ」

桜介の手を離し、大きな資料棚に触れた。
この準備室は教室と同じような作りになっており、入口から見て向かい側は窓とベランダへ出る扉があり、それは今はカーテンで閉められている。
その棚は入口から見て左側。教室の配置的には、一番後ろの席側に置かれている。
廊下側の壁から反対側の窓までピタリとはまり、壁一面を埋めている資料棚。
上にはダンボール箱が積まれ、天井にまで届いており、教室の後ろ側の壁が全て資料棚になっている状態だ。だが、オブジェなりダンボールなりが前に積まれているため、全てが見えている訳ではない。
木製のそれは上半分はガラスの引き戸で中には画集や参考書が入っているのが見えた。下半分の引き戸はガラスではなく木なので中身が見えない。

アキラはその下の引き戸を開け、四つん這いになると頭を中に突っ込んだのだ。

「ちょっと待っててね」
「は、はいっ」

いきなりの事で驚いた。中に何か入っているのだろうか。
そう考えているうちに、アキラの体がどんどん奥へと進んでいく。
中はどうやら空洞らしく、かなり奥まで頭を突っ込み、作業をしているのかカタン、と何かを外す音がすると、這い出てきて桜介に奥まで覗くよう指示してきた。

「この中を、覗くんですか?」
「うん、奥までずっと行ってほしいんだ」
『奥までずっと行く?』

不思議な事を言われたが、同じように四つん這いになり、棚に頭を突っ込んだ。
すると、中は暗くなくて明るい。と言うより、棚の向こう側に空間が広がっている。

「え?ええ!?」
「そのまま進んで?」
「え、はい」

言われるがままに進んだ。
その部分の背面の板だけが切り抜かれているらしく、トンネルになっていたのだ。
這い出ると、棚の裏側へ出る。
右手には窓、左手には廊下側の壁、目の前は棚にピタリと付いていたものと思っていた壁が。

つまり、壁にピタリとついていたと思っていた棚は、実はもっと手前に置かれており、桜介はその棚と壁の隙間の空間に出たのだ。入ってきて、以前より雑多になっていると思ったのはそのせいだ。この空間分、ガラクタ置き場のスペースが狭くなっていて、物で溢れていたということである。
広さは横には広いが、縦には狭い。女の子二人なら余裕を持って並べるだろうが、男二人では少しキツいくらいだろうか。
そしてこの空間だけ埃っぽくなく、非常にクリーンに見える。床も木目の床ではなく、ブラウンの絨毯が敷かれているし、大きなクッションが二つ窓側に置かれている。

「三島くん、ここって…?」
「俺が作ったんだよ。恵くんと一緒に居られる空間が欲しくて」