熱の条件 | ナノ






教室での席は出席番号順だ。
縦に五席、横に六列並んでいる中、アキラの席は窓側から二番目の列の真ん中。その後ろには村主という生徒がいて、更にその後ろの一番最後尾が桜介の席だ。

だからプリントやノート類を回収する時は桜介が集めることになる。
アキラの元まで回収しに来るとき、シャンプーだろうか、爽やかで甘いジャスミンの香りが漂う。
その度に、アキラは涼しい顔の下で勃起しているのだ。

「はい、恵くん」
「ぁ、はい…」

笑顔で桜介にプリントを渡す優等生は、桜介の香りを嗅ぎながら脳内で彼をめちゃくちゃに犯し、股間を膨らませていた。

ジャスミンの香りがする桜介を抱き締め、その香りに溺れながら彼を犯しまくり泣かせ、誰にも見せた事の無いような表情を堪能する妄想ばかりしている。
昂った己のものを銜えさせたり、自慰を見せるよう強要したり、自分から喜んで腰を振っている様を眺めたり…
脳内で桜介を好きなようにいやらしく変換するのだ。そして、それを現実にするため、アキラは入念に準備を続けた。
それは、

桜介を無視する生徒ばかりの中、アキラだけが彼に優しく接する。
好きでもない作家の作品を読む。
桜介の好みであろう上品な人間に成り代わる。
そして、誰にも邪魔をされない場所を作る。
この四つだ。

白河鷹臣を始めとする、籠原嗣彦、浅田鴻一、中野島直人、久米黎治郎たちは後回しにし、一先ず桜介の中で特別な位置に行く事に専念した。

その成果が今日、試される。
この、第一美術準備室で。


一方桜介は、アキラからの手紙片手に戸惑っていた。

『これって、どういう意味なんだろう…』

メモ用紙に書かれた簡素な手紙は今朝、下駄箱の中に入れられていた。癖の無い綺麗な文字で書かれたそれは、正しくアキラの字だ。
プリントを集める時によく見るから覚えている。字まで美しいと感心したから。

『僕が、無視している事についての呼び出しだよね…どうしよう…行くべきなのかな』

じっと美しい字を見ながら、心臓をドキドキとさせ、迷う。
アキラのことが好き…好き故に、制裁の被害に遭ってほしくない。だからこのまま無視をして一方的に関係を断つべきか、もしくは第一美術準備室に行き、ちゃんと関わらないよう注意すべきか…

『どうしよう…』

そんなもの、答えは解りきっている。無視をして彼に嫌われ、これ以上関わらないようにすべきなのだ。会ったら心が揺らぐし、アキラのあの正義感ある優等生ブリを見ていると「大丈夫だよ」なんて言って笑顔を向けてきそうだ。
笑顔なんて見てしまったら、完璧に流されてしまうに決まっている。

だから無視をするしかないしそれが一番いい。今の段階で嫌われても、傷は浅く済む。
好きな人を守るには、これしかない。

しかし、それを躊躇うこの戸惑い…
無視をすべきではない、と主張している気持ちもあって、桜介はどうしたら良いのか判らなくなってしまった。
だって、桜介はアキラが好きなのだ。どんな形であれ、好きな人と二人きりになれる機会なのだ。
その機会を棒に振っていいのか…
誰にも言えない秘めた恋心をどうしたらいいのか、桜介は高鳴る心臓を抑えながら考え、その結果、足は実習棟へと向かっていた。

どうせ最後にするのなら、アキラと二人きりで話したい。

『誰にも見られずにって書いてあった…』

第一美術準備室の前には階段があり、下に行くと図書館へ繋がる廊下に着く。桜介は図書館をよく利用するので、いつものように本を借りに行くふりをして第一美術準備室の前まで来た。渡り廊下では何人かすれ違ったが、ここまで来ると人気は無い。
しかし、そこにはアキラの姿がなかった。

『え、もしかして中なのかな?でも、鍵かかってるよね?』

準備室の南京錠は閉まっている。
U字の掛け金が、ちゃんと施錠してあるのが確認できる。

『もしかして、三島くんまだ来ていないのかな?』

待ち合わせに遅れているのだろうか。
桜介は念の為階段を上がり、折り返しの所で陰に隠れて準備室の入口を見下ろして待機した。
だが、5分待ってもアキラは現れない。

『すっぽかされた?からかわれただけかな…そんな、三島くんに限って……あれ、あそこ、もしかして…鍵、閉まってない?』

その時桜介は気付いたのだ。入口の引き戸と戸枠を繋ぐ役割の小さな金具同士が引っかかっていないことに。
南京錠は施錠してあるような形になっているだけで、引き戸の方の金具に引っ掛かっているだけだった。よく見ると、U字の掛け金は本体に嵌っているように見せているだけで、嵌っていない。

『じゃあ、三島くんは中に!?』

これは、施錠されていると見せる為のフェイクのようだ。
引き戸の金具に南京錠を引っ掛けただけで、引き戸と戸枠が南京錠により繋がれ、しっかり施錠してあるように見える錯覚。よく見ると気付くが、気にしなければ気付かない事だろう。

心臓がドキドキと鼓動する。
すっぽかされた訳ではなかった。彼はずっと中に居るのだ。
アキラと二人きり。
悲しい話をしなければならないと思っていても、二人きりになれる空間…

桜介は誰にも見られぬよう、第一美術準備室の扉を開けた。

「恵くん、来てくれてありがとう」