熱の条件 | ナノ







個性的な話し方の人だなと思いながら頷くと、周囲のメンバーはほっとしたような、嬉しそうな顔をしてお互いを見た。

「ありがとうございます。早速なのですが、不明瞭なところがあるんですよねえ、僕らの中では恵さんはハンバーグが好物ということになっているんですが、はっきりとそれを確かめた人間はいないんですよ。誰も恵さんに話しかけて確認をとっていませんから。恵さんが食堂でハンバーグを美味しそうに食べているのを見て、僕らが勝手にそうなのかなと思っているだけなんです。ええ、そうそう。なので、恵さんの好きな食べ物を教えていただけませんか?」
「好きな食べ物ですか…」

「好きな食べ物は何ですか?」ではダメなのだろうか?と思いながらもそれは口に出すのを控えた。長尾という先輩は回りくどいのか丁寧なのかよく分からなくて面白い。

「僕、ハンバーグ好きですよ。カレーも好きだし、オムライスとか焼肉も好きです。あと、ファーストフードとか、ラーメンとか、カップ麺とか…味の濃いものが好きなんですよね」
「カッブ麺ですか!?あの、それは僕らが想像しているカップ麺と同じものでしょうか?日清とか明星とか…」
「そうです。エースコックとかね」
「えええ!?!?恵さん、カップラーメン食べるんですか!?」
「はい」

笑顔で頷くと、周囲の顔が「嘘だろ」一色になった。日藤ですらそのまん丸とした顔面に「ほんまに?」と書かれている。
鷹臣や嗣彦に食事管理をされているから栄養バランスのとれた健康的な料理が好きと思われがちだが、桜介はガッチガチの添加物塗れのインスタントやファストフードが大好きだ。もしかしたら、鷹臣や嗣彦が居なかったら今頃太っていたりニキビだらけの肌だったかもしれない。その点に関しては感謝している。

「多分子供舌なんです。お出汁のきいた和食も美味しいとは思いますが、B級グルメのようなガッツリした味のものが大好きで…」
「それは例えば、ニンニクの匂いがするガツンとくるスタミナ丼とかもお好きってことですか?」
「うわー!そういうのすんごく好きです!」
「本当ですか!?意外です!か、かわいい!」

見た目が見た目だからだろうか、桜介がそんな料理が好物なのが想像出来なかった彼らは、その見た目に反して案外男子っぽい好みをしている桜介にキュンキュンと萌えている。

「庶民的というか、親しみやすい感じでいいですね!」
「恵くんが大きな丼持ってるのとか絶対可愛い!見てみたいです!」

なんて喜んでいるので、嬉しくなった。驚いて瞳を丸くさせたり、ニコニコと微笑んでいたり、「ギャップが面白い」と笑っていたり。
そんな人達に囲まれて、桜介は半年前までのことを思い出す。

常に隣には鷹臣がいた。自分の肩を抱いて、誰の所にも行かせないというように、ずっと離さずに嗣彦や鴻一達と談笑していた。
嗣彦は鷹臣に小言やふざけた嫌味を言う。鴻一はエキセントリックな事を言って鷹臣を喜ばせる。大人しい直人と黎治郎は基本二人でお喋りをしているが、嗣彦にちょっかいを出されて悪態をつく。
桜介は鷹臣に話を振られて答える程度で、談笑には参加しない。
居て居ないようなものなのだ。鷹臣のものだから、基本的には桜介には話を振られないし、殆ど会話が無い。たまに気を使って利一が話しかけてくれたりもしたが、それも少なかった。
人形になった気分だった。自分の意思が無かったのだから。

今は違う。こんなに沢山の人達と同時におしゃべりをしている。会話に参加している。顔色を窺うことをしなくてもいい。誰かに触られたり、脅されることもない。勿論、バカにされることも。

「皆さんはよく何処でお食事されるんですか?」

うっすらと浮かぶ涙を流さないようにと笑顔を作り、桜介はファンクラブのメンバーとのコミュニケーションを楽しんだ。



一方、同時刻。
橋本匠哉と戸塚弘光は三島アキラの部屋に来ていた。

「は!?制裁は無かった!?」
「うん、そうだったんだよな〜」

二人にアイスコーヒーを作りながら制裁を受けたと噂されている秋川先輩と、岡部についての情報を聞いていたのだが、アキラは予想外の事を聞かされ、思わず大きな声を上げる。
クッションを尻に敷きでっぷりとした足を曲げて胡座をかく戸塚と、ローテーブルを挟んで向かい側に座りクッションを抱く橋本はなんだか複雑そうな顔をして「うーん」と唸った。

「と言うか、もう二人にアポ取れたんだ?早くない?」
「岡部は案外あっさり。秋川先輩はちょっとメンドーだったけど、まあイケたぜ。なっ」
「うん」

戸塚へ同意を求めると、戸塚は橋本へと頷く。割とこの二人は上手くいっているらしい。
アキラはアイスコーヒーの入ったグラスを持つと、二人の前に置いて腰を下ろした。

「じゃあ、まずは秋川先輩について教えて」
「はいよー」

任せとけ、と言うように橋本はスマートフォンのメモ欄を開いた。そしてそこに書かれていることをそのまま読み上げる。