熱の条件 | ナノ






「秋川先輩へのアポ取りは西山先輩に任せてたんだけど、西山先輩の方では連絡は出来ませんでした。ラインもメールも電話も全部無視られたみたいです。ほかの先輩に頼んでもそれは同じで、誰も秋川先輩と連絡は取れてないみたいでした。どうしようかと思っていたら、戸塚が中村先輩にアイドルのBDを貸していたことを思い出しました」
「え、中村先輩?誰?」
「いいから聞いとけって〜」

小学生のような読み上げの中、突然知らない名前が出てきて頭にハテナマークを浮かべるが、橋本はそんなアキラに微笑みかけながら続ける。

「中村先輩にBDを返してもらうように言うと、なんと中村先輩は秋川先輩に又貸ししていたのです。なので中村先輩から秋川先輩へと連絡をしてもらい、そこから俺らとのスカイプ通話に成功しました」
「秋川先輩とスカイプ出来たってこと!?」
「そう!流石に又貸しされてるBDを借りパクは出来なかったみたいでさー!ちゃんと返信くれたっ。バッチリ戸塚と通話したよ。な?」
「うん」

某女性モデルのように頬の横で「オッケー」のジェスチャーをする橋本に、戸塚も太い指を丸めてジェスチャーを返した。
なんだこの二人、すっかり仲良しじゃないか。
すると今度は戸塚が口を開いて話し始める。

「け、結論から言うと、秋川先輩は籠原先輩もとい、籠原親衛隊からは制裁は受けていないんだ。骨折は秋川先輩が階段を踏み外して落ちた事故によるものなんだ」
「誰からも突き飛ばされてない?」
「そう。自分から転げ落ちたんだよ」
「それなのに学校に来ないのは何でなんだい?もう治ってもおかしくないよね?」
「それが、」

ただの事故なら制裁でも何でも無いじゃないか。やはり嗣彦が桜介に言ったように、彼は秋川に制裁を下していないのかもしれない。
それなのに、秋川が登校してこないのはおかしい。
戸塚を見つめると、彼は少し言いにくそうに顎を引いて橋本の方を見る。でっぷりとした二重顎の戸塚の代わりに橋本が口を開いた。

「秋川先輩ってさ、恵のちょーファンだったんだよ。ストーカーチックな感じのファンだったみたいで、そんな恵に嫌がられたからショックで学校来れないんだと。失恋して引き篭もってるだけっぽいよ」
「はぁ?」

思わず"素の声"のトーンで聞き返してしまった。慌てて穏やかな"優等生モード"の声色で「どういう意味だい?」と続ける。

「多分だけど、秋川先輩は白河先輩の卒業を待ってたんだよ。白河先輩がいなくなれば、恵くんに近付けるチャンスが来ると思ったんじゃないかな?でも、白河先輩に呼び出されて裏校則の話をされたじゃん?それで「恵くんを守れるのは僕しかいない」って燃えちゃったんじゃないかな。だから恵くんからしたら全くの他人であるにも関わらず、お節介して迫ったんだよ」
「そー!そんで結果嫌がられて、秋川先輩は一億のダメージを負って階段から落ちたってわけ!」
「……グダグダだね…」

馬鹿らしい。馬鹿馬鹿しくて溜息すら出ない。呆気ないというかなんと言うか…まあ随分と繊細な先輩なのだなとしか思えず、アキラは間抜けに口を開くしかない。

「…それにしてもさ、不登校になるかな?」
「わっかんねー!」
「しかも、ストーカーチックってどういう意味?実際にストーカーはしていたの?」
「実際にしてたかは知んないけど、部屋に恵の写真いっぱい貼ってあったって」
「え!?部屋?ビデオ通話したの?」

ビックリして戸塚を見ると、彼は「うん」と頷いて「ちょっとしか見えなかったけど」と言う。

「通話中に、少しだけカメラずれた時があって、その時部屋の壁に恵くんの写真いっぱいあったの見えたよ」
「………おお、ちょっとゾワゾワしちゃったよ」

それは典型的なストーカーだな、とアキラは思った。アキラとはちょっと違うストーカーだ。アキラは桜介の写真を貼ったりなんてしない。まあ、やっている事は充分咎められることなのだが。

「しかもさ、秋川先輩が入院してすぐ、今度は岡部くんが制裁受けたって噂が流れたよね。た、多分、秋川先輩それを知って、怖くなって来なくなったってのもあるかもよ。恵くんのストーカーしてる自分なんて、もっと怖い制裁受けるかもーって思ったと思うんだ?」
「ああ、そうだね」

秋川のことは知らないけれど、小心者なら怖がっても仕方ないだろう。アキラは何だか拍子抜けして肩の力を落とし、グイッとアイスコーヒーを飲んだ。

「岡部くんの方は?」
「あーもーそっちはマージで何もない!本当、無って感じ!」
「無?」

呆れたように橋本は苦笑して説明すると、岡部の実家は建設会社を営んでいたのだが、上手くいかずに倒産。今は祖父の農業を継いでいるらしい。退学も引越しも決まっていたから、最後の思い出にと岡部は桜介に話しかけていただけなようだ。制裁を受けて退学をしたわけでは無かった。

「大和ってさ、割と金持ちの奴ばっか集まってんじゃん?だからじぶん家が倒産したーなんて恥ずかしくて言えなかったみたいでさ。みんなに隠してたんだと。今は和歌山の学校で楽しくやってるって」