∴ 4 桜介が好き"だった"…。 だった?過去形?では、今は好きではないのか? 『恵くんは好きだし。でも、もう前みたいに関われないけど……関われなくても好きだけどさ…前程じゃなくて…』 桜介は好きだ。今朝、彼の顔を見て即座に鷹臣にラインで問い詰めたくらい怒りが沸いた。それくらい好きだ。 好きだけど…でも、こんなに緊張したことはない。 襲った時は緊張したけれど、それはまた別で。こういう何も無い時には緊張なんてしなかった。 人に対して意識してこんなになるのは、花織が初めてかもしれない。 『マジで?周りに居なかったタイプだからとか?…顔は好き系だけど、でも、何してる人かも知らないし、会ったばっかじゃん。それに僕、恵くんが好きで…』 「マサトくん?」 「!?」 色々と考えていると、目の前にはずいっと真っ白な手の平が現れて直人を現実へと引き戻した。 ビックリして肩を震わせると、「ぼーっとしてどうしたの?」と花織が前のめりになってこちらをうかがっている。 「ごめんね、エアコン壊れてて部屋あついよね?熱中症になった?」 「い、いや、余裕っす…」 何が余裕なのか判らない。 余裕なんてものは最初からない。そして今、更に無くなってしまった。 『もうさぁ、何だよ』 とにかくヤバい。 花織のひんやりとした手の甲が頬に触れるのもヤバいが、手を伸ばして前屈みになっているせいで、広い襟刳りのTシャツから汗で濡れた白い肌と慎ましく鎮座する紅梅色の乳首が視界に飛び込んできてしまってもうヤバい のだ。 『バカじゃん、男の乳首だよ。フツーだって。何見てんだよ僕は…』 そこは桜介の小さく可憐なものとは違って、少しだけ乳暈が大きくてふにふにと柔らかそうに膨らんでいるし、赤みが桜介のより強く、熟れているみたいだ。 何だか、触られるのが好きそうな色と形をしていて、直人の目はそこを凝視してしまっている。 『エッロ…!!』 そう、この上なくエロい。大人の色気と熟した熱を放っている花織の姿は直人からしたら刺激が強すぎるのである。 「でも、汗すごいよ?具合悪くなったらたいへんだよ」 「あ、ああ、そっすね。じゃ、僕もう帰るんでっ!」 駄目だ。目がその場所から離れられない。性に目覚めたばかりこ子供のように馬鹿みたいにおっぱいおっぱいとそこを見てしまう。 クラクラする頭をシャキッとさせるように軽く振ると、直人は急いで鞄を持って玄関へと向かった。 自分には前科があるのだから、またここで欲情してしまうかもしれないと理性が警報を鳴らしているのだ。 それに胸を見たからって猿みたいに盛ったりしたら本当情けないし格好悪い。そんなのは嫌だ。 『ここは逃げるしかないじゃん』 鞄を肩に担ぎ直し、顎下に垂れる汗を拭って靴を履く。簡素な作りのドアノブに手をかけて開けた瞬間、花織に呼び止められた。 これがいけなかった… 「マサトくん!スマホわすれてるよ」 「え!?あ、マジ、」 いつもポケットにあるスマホの膨らみが無いことを確認しながら振り返ったのがダメだったんだ。 靴を履いてたたきに居る自分とは違い、花織は数センチ高いフローリングにいるから、身長の差なんて縮まっている。何故、気付かなかったのか。 『え』 受け取ろうと振り返ると、眼鏡が花織の美しい鼻にぶつかったと同時に、自身の唇が柔らかな唇に触れてしまった。 『え、えっ』 レンズ越しに驚いたように目を丸くさせる花織が見えて、唇にはびくっとしたような微かな動きが感じられて… 『キス、してる…!?』 認識した瞬間、直人は顔を真っ青にしてひったくるようにスマートフォンを掴んだ。 「す、すみません!!!僕、帰るんで!!」 もうそこからはあまり覚えていない。傘もささずにバス停まで走って行き、下唇をぎゅっと噛みながら寮まで帰宅したのは覚えているけれど、帰宅後のルームメイトとの会話とか、いつ部屋着に着替えたとか、全く思い出せない。 事故とは言え、また同性に手を出してしまった、とただただ後悔して過ごしていた。 |